後編 捕食

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嘘だろ? 僕は驚嘆した。 あんなにも鮮やかにから揚げを丸呑みしていた彼女が、 うちの特製から揚げを食べるのに3口も要した。 なぜ、どうして。 そればかりが頭の中を回る中、彼女はごちそーさま、 と言って爪楊枝を置いた。 「もう食べないの?」 僕は動揺を悟られないように聞く。 「夕ご飯、食べられなくなっちゃうから」 彼女は落ち着き払って言った。 こんなはずじゃなかったのに。 僕はこの言葉によって、動きを牽制されたように感じた。 いや、しかし・・・ Do not give up. 僕の中でまだ諦めちゃいけないと声がした。 そして、最後の賭けに出た。 「それ、うちの特製から揚げなんだ。もし良かったらトレーに入れるから持って帰ってよ」 僕が言うや否や、彼女の瞼が反応したのを僕は見逃さなかった。 「嬉しい。家族にも食べさせるね」 彼女は相変わらずポーカーフェイスのまま言った。 僕はそれから、彼女を駅まで尾けた。 彼女はいつもとなんら変わりがない様子で歩いている。 その手には我が家特製のから揚げ。 トレーには確かにから揚げが入っている。 次の角を曲がればもう駅に着く。 このまま何も起きないか、と諦めかけたその時だった。 トレーの中のから揚げが忽然と消えている。 いつ消えた? その問いと共に彼女の顔に目を移すと、 いつものようにポーカーフェイスを保っている。 どこへ消えた? 次の問いを抱いたその時、僕はまた驚くべき光景を目の当たりにする。 彼女のショートボブの、サイドの毛が風に舞い上がった瞬間、 なんとハムスターのように膨れている両頬が出現したのだった。 僕は確信した。 「彼女は僕に、必死で大食いを隠している」 そして大好物は彼女が言ったショートケーキではなく、 から揚げだということを。 僕はこの答えに、満足した。 そして華奢な彼女が大食いを隠しているという事実を、 僕が知っているということを彼女に隠さなければならない。 いや。 僕が僕以外の人間から守らねばならない。 せめて一緒に居られる、この高校生活の間は。 健気にも大食いの事実を悟られないように努める、 彼女の血の滲むような努力を無駄にするわけには行かないのだ。 そして何よりも、彼女のこんな魅力的な部分を、 僕は誰にも知らせたくないと思った。
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