後編 捕食

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「あの子、凄いね」 千里眼を持つ母が言った。 「あんなにも自然に、大玉の飴玉2個を、口の中に収納できるなんて」 「な、なんだって?」 僕は驚いた。 「それだけじゃないわよ。から揚げを持ってドアを開けた時、あんたの目の前で、気づかれないように沖縄紫芋タルトを5個食べてた。1秒で。大胆かつ無駄のない動きでね。ビニールを破る音さえしなかったわ。彼女は隠れ食べのプロよ」 「そ、そんなことまで?!」 母には僕が見えざる彼女の姿が見えていたというのか。 悔しい。しかし尊敬に値する。 「あんた、あの子を守ってやりなさいね」 「御意」 「テスト、社会3点って何よ」 「御免」 「それから英語120点って何」 「実力」 I'll protect you even if it costs my life. 命に代えても守るさ。 僕はそう誓った。 彼女が大食いを隠していることが分かってからも、 僕と彼女、飯田星海の日々は変わりなく続いた。 相変わらず彼女は隠れてから揚げを食べ続け、 ただひとつ変わったことといえば、 僕が彼女の腹時計が鳴らないようにさりげなく飴やお菓子、 おにぎりなどを以ってして、彼女の空腹のサポートをし続けた点だ。 素晴らしい青春と完璧な隠蔽の日々は、 知らず知らずのうちに二人の絆を強くしていったように思う。 気がつくと僕たちはもう卒業を控え、 彼女は国立大に、僕は語学に強い公立大に進むことになった。 僕たちはいつもの帰り道を、 いつものように無言で歩いていた。 彼女は珍しく、僕に話を切り出した。 「私たちもう、卒業だね」 「うん、そうだね」 「私、付き合ってよかった」 「僕の方こそ」 「毎日、すごく楽しかった。充実してた」 僕は驚いた。彼女が少し、微笑んでいるように見えた。 「私、表情が乏しくて」 「うん」 「友達も一人しかいなくて」 「宇宙部員の小川さんね」 「学校なんて早く終わればいいのにって思ってたのに」 「僕もだよ。死ぬほどつまらない事で溢れてた」 「告白されて」 「僕ね」 「本当は動揺して」 「そうなの?」 「初めて付き合って」 「僕もね」 「毎日が楽しくて」 「僕もね」 「でもね」 「何」 彼女は一呼吸置いて意を決したように、口を開いた。 僕は彼女が次に何を言うのか、一瞬にして理解した。
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