三、生贄

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 16年間、同じ村の同じ家で育った二人の娘。  立場こそ違えど、まるで双子の姉妹のように仲睦まじく育ったふたり。  一人は村長の娘、霧の城の主に今夜捧げられるはずだった玉麗。  その腹には幼馴染の青年、陽春(ようしゅん)の子が宿る。  もう一人は、生まれて間もなく村のはずれに捨てられていた娘、紅。  村長の家で女童として下働きをしながらも、まるで実の娘のように温かく見守られてきた。  一年前、州都から知州事直々の使者が派遣され行われた村々の長たちの寄り合いで、玉麗に生贄の白羽の矢が立った時、もうすでに紅は玉麗の身代りとなることを心ひそかに決めていた。  夫が寄り合いから村に帰りつくなり伏してしまった村長の妻、つまり玉麗の母の真っ青な顔は、今でも紅の脳裏に焼き付いている。  親を知らない紅にとって優しい父母代わりの村長夫妻、姉とも親友とも慕う玉麗。  彼ら家族から紅が受けた恩や愛情の大きさからすれば、身代りになることは紅にとって至極自然なことのように思われた。  もちろん村長夫妻から身代りになるように乞われたことは一度もなく、その後、玉麗が陽春の子を宿したのは決して生贄を逃れようとしてのことではない。
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