二、入れ代わり

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 玉麗が息をのんでいる間に、紅は縄の絡んだままの自らの手で玉麗の白く美しい手をとり、自分の体を樽の中へと沈めながら半ば強引に蓋をさせた。 「お元気で、玉麗様。あたしはきっと逃げて見せる。生贄になんかならない。逃げて、玉麗様と赤さまに会いに行きます。だから、無事に生んで。玉麗様も早く逃げて。それから、赤さまのためにもご飯たくさん食べてくださいね!」  紅の強い声。 「…わかった。きっとよ。きっと会いに来て…私、紅のこと待ってるから」  弱々しく嗚咽交じりの玉麗の声は、果たして紅に届いただろうか。  ざあっと一陣の強い風が吹く。  風は玉麗の着物の裾をあおり、村の男たちの持つ松明の火を大きく揺らした。  しんと静まり返った広場に一人佇む玉麗は、涙の溢れる瞳で紅の入った樽を見つめ、それから俯いてぎゅっと目を閉じる。  小さな命の宿るお腹をそっと掌で撫で、大きく息を吸う。  玉麗は覚悟を決めたようにくるりと紅に背を向けた。  恋人の陽春と落ち合うことになっている、隣村との境にある道祖神の祠へ駆けだす玉麗。  今宵の月だけが、入れ替わった彼女たちの運命をゆらゆらと見つめていた。
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