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私は過去、香織の姿を遠くからしか見たことがない。
彼女と話したことも、目を合わせたのも今日が初めてだった。それなのに、彼女は私のことを知っている。
それはつまり……?私と恵吾の過去の関係は彼女に知られているということ?
「あ……」と口を開いてみたものの、その先の言葉は何も出てこなかった。
過去、私がしてきたことは何一つ彼女にはあがらえない。
どんな顔をしたら正解なのか。知らないふり?不粋な態度?謝罪の姿勢?
想像し得なかった香織の反応に私は戸惑うしかない。
「私、デザインのアドバイスを頼まれてここに来たの。あの人に頼まれると、なんか断れないのよね」
香織は言葉に詰まった私を気にすることなく、サラっとそう付け加えた。
「香織さん」
突然、背後から聞こえた男の声に、私は更にギクリとする。その声は間違いなく、恵吾だった。
「打ち合わせお願いできますか?ここじゃ狭いから、デザイン部に行きましょう」
恵吾は私の横を通り抜けて、香織の側に向かう。
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