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「もう、恵吾。あなたが先に打ち合わせをしたいって言うから早めに来たのに、居ないから困ってたのよ」
「すみません。まさか、こんなに早く来られるとは思っていなかったので」
恵吾は資料室から出しておいた先程のファイルをデスクから取ると、香織を促して海外営業部を出ていく。
私の身体は未だに硬直して声も出なくて、目だけが恵吾の姿を追う。
でも恵吾は一度も私を見ようとはしなかった。
「資料たくさんあるのね。少し持とうか?」
「いいよ。一応、客人だしね」
海外営業部を出た2人が、砕けた口調で会話する声が聞こえてきた。
私の前では余所余所しいくらい敬語だったのに、離れた途端に代わるその言葉使いが、堪らなく胸を締め付ける。
恵吾と香織の関係の深さを表す行為に居た堪れなくなる感情。
いや‥‥。認めたくない‥‥。
「大丈夫ですか?美咲さん。顔色悪いですよ?」
声に驚いて振り返ると、宇川が心配そうな顔をして、私の顔を覗き込んでいた。
私はハッと我に返って、「そうですか?」と誤魔化しながら、宇川に顔を見られないよう顔を静かに背ける。
しかし運悪く、恵吾と香織が仲良さそうに笑いながら、歩いて行く姿が目に入ってしまい、私はまた硬直して、2人から目が離せなくなってしまった。
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