一話

8/27

33人が本棚に入れています
本棚に追加
/163ページ
「兄さんだって、隠してる魔法があるだろう!」  薫の拳が頬を掠めた。その痛みはまるで、切り傷を作った時のような痛みだ。  一回攻撃が通り始めると、二撃、三撃ともらってしまう。まだクリーンヒットと呼べるようなものはないが、このままいくとまずいのは確かだ。  俺には魔法の才なんてない。一応強化は使えるが、元々の魔法力が低いので制御しないとすぐに底が見える。しかし、薫が言っているのはそういうことではない。  不利を覆す魔法。俺がじいちゃんに教わった、そんな魔法。薫も使えるはずだが、俺の場合は今使わないと勝負を継続できなさそうだ。  さっさと負けるはずだったが、薫の姿を見ていてそれは失礼だと考えてしまった。  人を乗せるのが上手いのか、俺が乗せられやすいのか。それはあまり考えないように努めた。 「やってやるよ」  こうやって熱くなるのは性じゃない。それでもなぜか、薫とこうしていると昔を思い出してしまったから。  落ちぶれてしまう前の、まだ前を見ていた頃の俺を、思い出してしまった。 「流動魔法(エフケリア・スペル)、発動」  魔法をほとんど使えなかったじいちゃんが、唯一ちゃんと使える魔法。何年も掛けて作り上げ、その魔法の権威となり、その魔法だけで軍部のトップまで上り詰めた、そんな力。  小さい流れを大きくし、正の流れを逆にする。物質の流れ、動き、ベクトルを自由に操る、そんな魔法。  少しの魔法力であっても使えるのだが、使えるようになるまでが修羅の道とさえ言われていた。俺はずっと、じいちゃんの家で教えてもらっていたんだ。まあ姉ちゃんも薫も使えるらしく、その優秀さが伺えた。  一回でいい。  振り切った薫の左腕に、俺は右手の平を当てた。 「流れを、この手に」  振り切られた腕の勢いを何倍にも加速させれば、一瞬で薫との距離が近づく。  あとはただ、俺は握りこぶしを作るだけでいい。相手が勝手に攻撃されに来るのだから。 「知ってるよそんなの!」  ギリギリで躱した薫だが、こっちだってそんなのは知っている。 「俺も知ってる」  傾く薫の身体に左手を当て、その速度を加速させた。その左手は薫の腹にクリーンヒットした。
/163ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加