一話

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「さ、さすが兄さん……」  少しばかり後退した薫だが、まだまだやる気満々だ。あの楽しそうな笑顔が物語っている。 「まだやるのかよ、正直しんどいんだが」 「まだこれからじゃないか!」 「頼もう!」  突如、ケージの外から声を掛けられた。ケージを解放すると、そいつが入ってくる。決着のつかない戦闘に介入するのはご法度だが、見た目からわかる通りの不良には、そんなことを言っても無意味だろう。モヒカンなんて初めて見るぞ。 「なんだ、お前は」  興を削がれたためか、薫は不服そうに言った。 「俺の名はヒッグス。現在コミュニティランキング五十二位の『ハウンドドッグ』リーダーだ。今日は鳴神薫を勧誘しにきた」  ヒッグスと名乗った人物のことは、まあ噂程度なら知っている。なにせメンバーのほとんどが無法者で、学校で悪目立ちがすぎるのだ。実際見るのは始めてだったので、少々面食らってしまった。  タイの色が黒ってことは五年生か。一年が白、二年が黄、三年が赤、四年が青、五年が黒というふうに、学校の規則で決まっていた。 「僕を勧誘する? 先輩は五年生みたいだけど、僕より弱い人の下にはつきたくないな。それに、僕はもうコミュニティに所属している」 「あん? そんな話聞いてねぇぞ?」  首をかしげるヒッグスとは逆に、薫はなぜか誇らしげに笑っていた。 「入学した直後だってのに、もうどっかに入ったのか。まあ俺には関係ないけど」 「なに言ってるんだい兄さん。コミュニティリーダーは兄さんだよ?」  一瞬だけ、時間が止まったような気がした。 「いやいや、俺は一般科なんだって。軍事科のコミュニティになんて入れるわけねーだろ。しかもリーダーとかありえないから」 「その辺に関しては問題ないよ。だよね、姉さん」 「うむ、ちゃんとした手続きもした。語も明日から軍事科だ! よかったな!」  背後からの聞き慣れた声。それは紛うことなき実姉の声だ。  征旺学園は世界的にも有名で、優秀な人材を排出してきた。そこの教師であり、学生の頃は天才と言われていた鳴神奉(なるかみまつる)。誰もがエリートとして軍人になるのだと思っていたが、周囲の期待とは裏腹に、彼女は教師という道を選んだ。  いい姉だと思う。誰に対しても気が利くし、俺や薫にも優しい。が、とても強引な部分がある。
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