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光明の視線は先程までの柔和なものではなく、射るような鋭いもので、まるで心の底を覗かれているように感じる。
「ほう。弥勒菩薩ですな」
やがて、光明は呟いた。
この時、司はようやく頭を下げて挨拶をした。
「あの、はじめまして、御子神司です。よろしくお願いいたします」
「存じております。私はここ「国東院」の主官の光明と申します」
改めて名乗る光明はもう柔和な表情に戻っていた。
「良きお仲間が増えましたな。岩戸さんのお勤めを支えてくれるでしょう。大事にされる事です」
雅に視線を戻し光明は言う。
それからは雅が一年間に霧散した妖怪の事を事細かく話し、光明は時々あいづちを打ちながら聞いていた。
雅の話す内容は司にははじめて聞く話であった。
改めて雅が霧散師なのだと感じるのであった。雅の話には所々に父・浩司の名が出て来て、父の存在をも強く感じるのだった。
雅の話がひと段落した時、司は光明に聞いた。
「光明様、私は雅君についてきました。
雅君は修行をするのだと話してくれましたが、私は今まで何の修行もした事はありませんし知識もありません。
これからどの様な修行をするのか、教えていただけますか」
元来、人見知りの司にしては精いっぱいの言葉であった。
しかし微笑む光明の返答は意外だった。
「何もしませんよ。司さんが思うようにしてください」
司には理解できない。
修行のために幾日もかけてここまで来たのに修行の指示はなく、「思った通りの事をせよ」と言うのである。
司の怪訝そうな表情を読みとったのであろうか、光明がまた口を開く。
「司さん。本来、ここは一定の修行を終えた者達がやってくる場所です。
なので、ここでは改めて修行が必要な者達は来ません。
みなさんはここで心を清めて、本来の自分の中にあるものを磨いてゆくだけなのですよ。
例えばお隣にいる雅さんは、ここにくると私に物の怪の話を事細かく話してゆきます。それも岩戸さんにとっては心を清める手段の一つなのです。
この雅さんは変わった方でしてね。
ある年は滞在中、ずっと左手を隠していました。次の年は右目をつぶっていました。
その方法も全て雅さん自身が考えて行動しているのですよ」
それを聞いた司はさらに困惑する。
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