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何を犠牲にしても、ともに手を携えて歩いていける覚悟が、自然にうまれた。
好き、も。
愛してる、も。
素直に受け止めて、素直に言える。
何万、何十万とある言葉。
何兆、何十兆といる人たち。
どれだけの涙も、どれだけの感情も、どれだけの傷もがあふれているのに。
ふと、一哉くんが、切なげな表情で私の背中の方を見る。
そして何も言わずに、身体の向きを変えると、背中に縦に走る小さな傷に触れる。
あの傷だ。
もう痛みはないけれど、結局すべてきれいに治ることはなかった。
「……っ!」
急にその傷跡に強く一哉くんが舌を這わせ、思わず身体が反応する。
強く、苦い思いをかき消すように、一哉くんが拳を握りしめている。
私を背後から抱きしめている一哉くんの、その拳を引き寄せて、胸にぎゅっと引き寄せる。
「傷ごと愛してくれたら、許してあげる」
少しおどけながら言うと、一哉くんがぐっと私を抱きしめる。
触れ合う素肌が期待に汗ばんでいるのに、合わさるぬくもりが心地いい。
一哉くんをみると、欲情と感情のはざまを揺れ動く瞳が、黒々と濡れている。
「当然、愛するに決まってんじゃん……」
抑えに抑えた、掠れた声が耳朶を打つ。
この甘い毒のような飢餓感を抱えて、その毒で私を冒していく。
月が満ちる。
ぽかりと夜空に浮かぶ月の顔が滲んでいく。
すべてが一哉くんにしめられて、今、私には他の誰のことも見えない。
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