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「でもあなたは俺のモノだ。誰にも渡さない」
黒田さんの声が熱を持ったものから、内臓を凍らすような冷たい響きへ変わっていく。
揺すぶられぼやける視界の中、だんだん黒田さんの背中に黒いモヤのようなものが見えてくる。黒いモヤはどんどんはっきりと形を現していった。
羽? 翼。それを見て息が止まる。
ま、まさかありえない。
「……そんな……」
黒田さんに覆いかぶさるもう一人の陰。
冷淡に微笑む美しい顔。狭い箱の中を真っ暗闇にするが如く大きく広がる漆黒の翼。
頭の中で直接声が響く。でもそれは黒田さんのものではなかった。
『ああ……あなたをこの手に抱くために、私は天界から堕ちてきたのだろうか』
「……て、天……?」
目の前の男は黒田さんではなくなっていた。
青白い肌と、吸い込まれそうな青い瞳。黄金で作られたような長い髪。細く長い綺麗な指は私のうなじをすぅと撫で、片方の手は優しく頬を包む。
怖いはずなのに、それは恐怖を超越するほど彼は壮麗だった。震えることも声を出すこともかなわない。
『とても美しい。あなたを連れていきたい』
私の目は片時も彼から外れることはなかった。
美しいのはあなただ……。
真っ白な意識の中、素直に浮かんだ私自身の声だった。
私の中の何かがふっと途切れ消えていく。
道理もなにもない。ただ私は彼の前で心もろとも裸となっていた。私は吸い寄せられるように目を瞑り、自ら彼の唇へ口を寄せた。そっと口づけが受け入れられる。胸の辺りで優しく爽やかなものがパーッと弾け全身に広がっていく。唇を覆う柔らかな感触は更に私に纏わりつき、心を包み込んでくれる。
恐れも不安もなく、私は無我夢中で彼との口づけに溺れていた。
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