第1章

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「いまから星を観に行こう」 高校の授業も終わり、放課後にて文芸部での活動中、部長の田辺さん(女子 3年)が突然立ち上がってそう言った。 正直この人が話すところをほとんど見たことがなかった上に、声も聞いたことがなかったので、この一声の第一印象は あ、こんな声なんだこの人。案外かわいい声してんじゃないか。 であったが、その直後に言葉の意味を考えさせられた。 星を 観に行く そうか。星を観に行くのか。 そう、心の中で反芻し、外を見る。 雨が降っている。 そう、今日はテレビで歴史的豪雨とまで言われたほどの雨量なのである。 この雨の中望遠鏡を担ごうものならものの数秒で濡れ鼠となり、明日には全員もれなく風邪を引くであろう。 いや、もしかしたら勢いで言ったのかもしれないし、何らかの歌に感化させられたのかもしれない。 そう思いながら、彼女が今現在持っているものを凝視する。 金色で丸型のクライメータ、3個のメーター、完全にアストロラーベだ。 これを見て再び思索する。というか考えなければならないことが増えた。 何故アストロラーベを田辺さんが持っているのか。 むしろそれを使ってなにを見るのであろうか。 そもそも現代社会においてアストロラーベを使う意味があるのだろうか。 思考の海に思わず入りこみそうになったその時、左側から声が聞こえた。 「それはいい考えですね」 学校一のイエスマン。斎藤(男子 2年)である。 全てを抱擁する奴の事は嫌いじゃなかったし、むしろ好意を抱いていたが、今しがたそれは全て殺意へと変換された。お前は一体なにを言っているんだと、思わず立ち上がって蹴りを二回打ち込み、拳で五回殴って、崩れ落ちたところに思いっきり膝を入れたい衝動に駆られたが、何とか耐えた。 自分はこの田辺さんの奇行の正体を当てなければならない。そんな使命感が自分の中に確かに芽生えていた。 「では行きましょう」 そう言って突然田辺さんは立ち上がるが、まず 何処で どの時間帯で 誰を誘って なにを使って天体観測をするのかを説明してほしい。 今の田辺さんの言動を聞く限り、5W.1Hのうち4つほど抜け落ちているために説明不足が否めないのだ。
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