第1章

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どうやら自分は押しに弱いようだ。気がついたら田辺さんの目の前にいる。言い訳も思いついていないのにだ。 田辺さんの否定的な表情は、まるで背びれを光らせ口から破壊光線を出し町を蹂躙する怪獣王を彷彿とさせる。もし自分がここで誤った選択をすれば、即座に田辺さんの超然的な何某で焼かれるのではないだろうか。 「えっ、えーと、田辺さん。その、ですね」 話しながら、最善手を考える。無数の手管の中から、唯一の正解をもぎ取らねばならない。話を引き延ばしている間にも、この田辺という先輩のような修羅の表情は秒単位で険しくなっている。恐らく自分も断る腹ではないかと訝しんでいるのであろう。 ならば 「えっと、新妻くん、やっぱり考え直して行きたいそうです。あ、自分ももちろん行きます」 すまん新妻。自分だってまだ命は惜しいのだ。正直命と引き換えならば、風邪を一回引くくらいどうってことはないだろう。 田辺さんの眉間のシワが、一気に無くなり、物凄い笑顔になった。上機嫌らしく鼻歌も歌っているが、なぜ宮城県の民謡の斎太郎節なのだろうか。 何か重大なことを成し遂げたような達成感に包まれ、後ろを振り返れば悪鬼羅刹も真っ青な悪人顔となった新妻が手招きをしていた。 仕方ないので彼と共に教室を出て、開口一番にアホかと怒られた。 「おう、俺はなだめて来いと確かに言った。ああそれは間違いない。でもな?その前に俺はいかない意思を表明していたはずだぞ。なぁ、さっきの言葉はどういう事だコラ」 「あの状態の田辺さんを目の前に置かれた状況ならそうするしかなかった。新妻、君も田辺さんの威圧を怖れ、自分に行かせたのだろう。そうさ、自分だって怖かった。さぁ話はこれで終わりだ。自分は部屋に戻るよ」 割と強めの拳骨を貰った。なんと暴力的かつ横暴な男なのだろうか。自分がこの粗忽者に山突きを1発、シャイニングウィザードを1発決める算段を整えていた時、不意に後ろから声がかかった。 「あれ?先輩方何いちゃついているんですか?ついに付き合う事になったんですか?」 我が文芸部最後のメンツ、青葉(女子 1年)である。自他共に認める腐女子であり、同時に事象と事象すらくっつけるタイプのカップリング中毒者でもある。 しかしそう言う冗談はやめて欲しい。なぜ自分が新妻と付き合わねばならんのだ。人選を考えろと思わず叫びたくなる。
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