2313人が本棚に入れています
本棚に追加
グッと抱き寄せられて、首筋に顔を埋められた。
「おまえの中に入りたい。」
ゾクッとする快感を覚えて自己嫌悪に襲われる。
「やだ。」
強く拒みたいのに、流されそうになる。いつもそう。
「イヤじゃないだろ?ほら。」
ブラウスの上から乳首を撫でられて、一瞬で硬くなったのをせせら笑われて。
「やだって!もう!」
気がつけば司を突き飛ばして家を飛び出していた。
「ハァハァ…」
無意識に駅に向かって走りながら、だんだん冷静になっていく。
水族館に行くつもりだったから、幸い服装もメイクもいつもより気合いが入っている。
でも、財布も携帯も持っていないから、電車には乗れない。
電車に乗らずに行ける所なんて一つしかない。歩くにはちょっと遠いけど、歩けない距離じゃない。
とにかく今は司のいるあの家に居たくなかった。
なんとも間抜けなことに私が向かったのは司のマンションだった。
家を飛び出す時に鍵の束を掴んだのは習慣の成せる技。そして、私は自宅の鍵と司の家の合鍵を一緒にしていたのだ。
合鍵で司の家の中に入った途端、激しく後悔した。
司の部屋に知らない匂いがこもっていたから。たぶん、女の香水。
部屋の中を見渡せば、いつもとだいぶ様子が違う。
綺麗好きの司にしては珍しく散らかった部屋には、司の服が散乱していたり、テーブルの上のカップが倒れてコーヒーが零れていたり。
司の取り乱した様子が垣間見え、心が揺れた。
それでも、グチャグチャに寝乱れたベッドを見たら、もうダメだった。
「バカ!バカ!司のバカ!」
崩れるように座り込んで大声で叫んで、号泣した。
いつもは反省したと言う司に絆されるように抱かれて、やっぱりこの人とは別れられないと思って許してきた。
こんな行為後の現場を見たのは初めてで、とても許せそうにない。
涙が嗄れるのは案外早かったので、とりあえず窓を全開にして女の匂いを追い出した。
それから、シーツ類を洗濯機に放り込み、布団に除菌スプレーをこれでもかと吹き付ける。
ふと目に入ったごみ箱の中の使用済み避妊具は見なかったことにした。
洗濯が終わるまでの間に夕飯を作ろうと思って見たら、冷蔵庫には缶ビールしか入っていなくてがっかりした。
「お腹空いた。」
朝から司を今か今かと待っていたから、何も食べていなかった。
最初のコメントを投稿しよう!