第1章

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#1 隣に引っ越してきたのは、大学で人気のあの人。 「ピンポーン」 休日の昼下がり、部屋の呼び鈴が鳴る。 ……また、新聞かなにかの勧誘かな。 覗き窓から外の様子を伺う。 どこかで見覚えのある…… 「あのー。隣に引っ越してきた宮越(みやこし)ですー。」 中に人が居るかわからないのだろう。 玄関の扉に向けて、キョロキョロと目を動かしながら話す人。 決して大きな声を出そうとしているわけではないのによく通った、 男性にしては少し高めの声。 今この扉を挟んで向こうにいるのは、 間違いなく、あの、学生から大人気の宮越教授だった。 *** 理工学部の教授だけれど、私はその顔を知っていた。 いや、同じ大学の学生ならば知らない人はいないだろう。 教授、と呼ぶには随分と若い。 ほかの教授と比べると、学生みたいだ。 その若さとルックスが話題を呼び、学内で噂の教授。 友達と一緒に彼の授業を聴きに行ったことがある。 文学部の私たちには、講義の内容はさっぱりわからなかった。 それでも耳に入ってくる、よく通った綺麗な声。 広い教室を見渡しながら、語りかけるように話すその口調。 一度でいいから、あの先生と話してみたい。 *** 今、目の前にそのチャンスが訪れていた。 「はーい」 返事をして扉を開ける。 「あ、こんにちは。すいませんお休みのところに。」 突然の返事に驚いた様子を見せる先生。 「とんでもないです! あ、あの。修青大の宮越先生ですよね!?  私、文学部の3年生なんです!! 種田あかりって言います。 よろしくお願いします!! 」 「…あ。そうなんだ、うちの学生? そっか。うん、よろしくね。」 緊張のあまり、言いたいことが一気に口から出てしまった。 先生は一瞬、驚いた様子だったが笑って答えてくれた。 先生の笑う顔を、初めて間近で見られた。 引越しの挨拶にと、菓子折りをもらった。 「小さくて申し訳ないけれど」 と先生は言っていたが、私には大きな大きな贈り物だった。 その箱を部屋で眺めているときに、気づいた。 一度でいいから話してみたいと憧れていた、宮越教授。 高校のときから着ているヨレヨレのジャージで その憧れの人と話していた。
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