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「ここにあるんだ」
口紅と言っていたはずなのに波琉がドアを開けたのは小さなセレクトショップだった。
入った瞬間キツイお香の香りに顔をしかめる。
綺麗に並べられた服や雑貨にもこの匂いが染み付いていると考えると買う気が無くなるな。と思った。
なるべく息をしないように早足で歩く波琉を追いかける。
「まだあるー!良かったぁ」
声のトーンを上げた波琉の後ろから商品を覗きこむ。
黒いケースの筒がたくさん並んでいる。
ざっと見て10個はある。
こんなに急がなくても大丈夫だったのではないか?
確実に売れ残りであろう商品への興味は一気に無くなってしまった。
しかし次の瞬間飾っているPOPに目が釘付けになる。
『大好きな彼もメロメロに!今話題の恋するリップ』
人生経験を積んだ女性であればこんな言葉は鼻で笑って終わりなのだろうが、彼氏いない歴=年齢の純粋な女子高生にとっては最高の売り文句であった。
思わずテスターを手に取りキャップを開けた。
真っ赤な口紅を予想していたので、淡いオレンジ色のリップに少し驚いた。
鼻を近づけると甘い匂いがする。
店のキツイお香と違い好みの匂いだった。
「ねぇ欲しくなるでしょ?」
隣で波琉ニヤニヤしている。
「そ、そんなことないよ!それに高いんでしょ?」
慌てて戻したテスターが転がって棚から落ちそうになる。
ガタンと音を立てながらテスターを手で押さえる。
「セーフ」
ふぅ。と息を吐く。
その様子を見ていたにも関わらず
「これね650円なの!リップにしては高いけど、口紅だと思えば安いと思わない?」
波琉が嬉しそうに言った。
確かにそうだ。それに650円で好きな人に振り向いてもらえるならそれこそ安いものだ。
明日のお弁当のおかずを今日と同じにしたら買える金額だ。
「よしっ!」
そう言って商品を持ってレジに向かう。
「それにしても美波に好きな人がいるとは思わなかったよー」
歩きながら波琉が言う。
「私だって波琉に好きな人がいるなんて知らなかったよ」
うつむきながら拗ねたように話す。
波琉に好きな人がいたことに拗ねているのでは無く、好きな人がいることがバレたのが恥ずかしかったのだ。
そんな雰囲気に気づいたのか
「誰かは聞かないけど、お互い頑張ろうね!」
笑顔で波琉は言った。
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