第一章 覚悟、とは

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「いや、そう言う訳じゃないんだ。ただ、聞きたいことがあって」 「聞きたいこと?」 「初音は、刀を取る覚悟はあるのかなって思って」  目を閉じて、私に髪を拭かれながら総司は言った。髪を伝って、冷たい雫が私の手首に落ちた。 「刀を取る覚悟…?」 「そう。それに追加して言うなら、人を斬る覚悟はあるのかなって」 「人を、斬る…」  総司の髪を拭く私の手が止まり、総司の目がゆっくりと開かれた。総司の黒い瞳に私が映る。つまりは目が合っている訳だ。 「俺は、近藤さんの役に立ちたくて、刀を取る覚悟も人を斬る覚悟も決めて来た」  総司の指先まで冷えた、冷たい手が私の手首を掴んだ。 「総司…?」 「なんて言っても、自分の身を守れるくらいの刀を取る覚悟も人を斬る覚悟も持っておいてもいいんじゃないかな?こんな時代だしね」  そこまで言って、総司はフッと笑った。そして私の手首を離して、手拭いを私の手からさらって行った。 「あぁ、そうだ。初音?」 「うん?なに?」 「甘いもの、買いに行かない?」  さっきとは打って変わって総司は口元に笑みを浮かべて、こちらに顔を向けて来た。 「残念。私、まだ仕事終わってないの。巡察兼ねて行って来たら?」 「仕事?なにが残ってるの?」 「洗濯物干したり、掃除したり…」  指を折りながら言えば、とあることに気付いた。 「浪人に絡まれたら、総司は私を守ってくれるの?」  そう問えば、一瞬目を丸くしてから総司は笑った。濡れた前髪が額に貼りついている。 「でも、初音は強いでしょ?」 「私、京に来てからほとんど真剣握ってないんだけど…」 「でも、謙一郎(けんいちろう)の刀は京に持ってきているんでしょ?」  確かに総司の言う通りだ。  私には兄が一人いる。いや、正確に言うのであれば“いた”のだ。私が生まれる前に父は病で亡くなっており、もともとあまり体が強くなかった母も私が五つの時に亡くなっている。 私と十も歳の離れた兄が、私を連れて江戸の市ヶ谷にある試衛館を訪ね、ずっとそこでお世話になっていたのだ。
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