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1863年、皐月。私、望月初音(もちづきはつね)は京の壬生村にいた。京に来て早くも三か月が経とうとしている。
京に来た時には体を差すような寒さがあったのだが今では暖かく、雑務などで体を動かしていればじんわりと汗が滲むくらいだ。周りは男だらけ、慣れない土地での生活にもずいぶんと慣れたものだ。
そんな私も、今日もいつもとなんら変わらずに庭の掃き掃除をしたりと屋敷内をせわしく動き回っていた。
「初音ー!」
竹ぼうきを手に、庭の掃き掃除をしている所に名前を叫ばれた。京に来る前からの聞き慣れた声。藤堂平助だ。
「どうしたの、平助」
「総司がお前のこと呼んで来てくれって」
「総司が?なんだろう…」
「とりあえず、ほうき片付けておいてやるから行って来いよ。井戸の所にいるからさ」
そう言ってくれた平助に竹ぼうきを渡してお礼を言い、早足で総司のもとへと向かった。
(いつもなら自分から来るのに)
手の甲で額に滲んだ汗を拭って、歩きながらも空を仰ぐ。雲ひとつない澄み渡った青空だ。太陽の眩しさに思わず目を細め、再び前を向いた。
* * *
井戸まで来れば、総司は胴着を腰まで下ろした状態で桶に汲んだ井戸水を頭からかぶっていた。少し日に焼けた肌には雫がついては、下へと伝い落ちて行く。そんな雫は日の光を浴びて、光を放っている。
「総司」
「あ、初音」
「なにしてるの?風邪ひくわよ」
桶の近くに置かれた手拭いを取り、総司の頭に乗せてそのまま拭いてやる。上体を少し前に屈めて、されるがままになっている。濡れた前髪が額に張り付いている。
(子供の時と同じだ)
「これさ、子供の時と同じだね」
「私も同じこと考えてた。まぁ、子供の時だけじゃないけど」
そうだ、江戸にいた頃にも何度もこうやって同じことをしていた。拒絶することもなく、ただ大人しくされるがままになっているのだ。総司の方が年は上なのに(ひとつしか変わらないが)、なんだか弟ができた気分になる。
「それで?なにか用があるんでしょう?」
総司の濡れた髪を拭きながらそう尋ねれば、目を閉じたまま目の前の男は口元に小さな笑みを浮かべた。
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