epi.1 ルーム・サーヴィス

3/12
前へ
/12ページ
次へ
ルシファーから渡される料理や飲み物を盆に乗せて、チハルはテーブルに運んで回る。 客足が落ち着いた頃を見計らって盆を片付け、代わりに冷水が入ったジャーを片手に壁に寄りかかって息をついた。 カフェの忙しさは嫌いではないが、早朝から動き回っているとやはりくたびれてしまう。ルシファーの方を見ると同じことを考えていたのか苦笑が返ってきた。 とはいえ、常に客に対する気配りを忘れず、たまに声かけをするところは彼の数少ない店長らしさだ。 「おい、バズ。お前また賭けでスッてきたろ」 「うえっ、何でそんなこと言うんだよルシファー」 声をかけられたバズという男は明らかに動揺して目をそらす。同じテーブルに座っていた男たちが声を上げて笑った。 「そりゃあ《千里眼のルシファー》には筒抜けだろうよ」 「旦那の観察眼には敵わねえよ、なあ?」 ルシファーは彼らのカップにコーヒーを煎れてやりながら、鷹揚にうなずいてみせる。 「まあな。伊達に堕天使を名乗っちゃいねえよ。俺の眼で分からないのは、俺に目もくれねえ女の心だけさ」 「ちげぇねぇ!」 そんな会話が聞こえてきて、思わずくっくっと声が喉から漏れてしまった。 チハルが知る限りでも、ルシファーが女性に好意を持たれているという話は聞いたことがない。 「あ。チハル、お客」 投げかけられたルシファーの声に顔を上げると、カウベルが鳴って一組のお客が入ってきた。女性と少年の二人連れ。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加