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ルシファーから渡される料理や飲み物を盆に乗せて、チハルはテーブルに運んで回る。
客足が落ち着いた頃を見計らって盆を片付け、代わりに冷水が入ったジャーを片手に壁に寄りかかって息をついた。
カフェの忙しさは嫌いではないが、早朝から動き回っているとやはりくたびれてしまう。ルシファーの方を見ると同じことを考えていたのか苦笑が返ってきた。
とはいえ、常に客に対する気配りを忘れず、たまに声かけをするところは彼の数少ない店長らしさだ。
「おい、バズ。お前また賭けでスッてきたろ」
「うえっ、何でそんなこと言うんだよルシファー」
声をかけられたバズという男は明らかに動揺して目をそらす。同じテーブルに座っていた男たちが声を上げて笑った。
「そりゃあ《千里眼のルシファー》には筒抜けだろうよ」
「旦那の観察眼には敵わねえよ、なあ?」
ルシファーは彼らのカップにコーヒーを煎れてやりながら、鷹揚にうなずいてみせる。
「まあな。伊達に堕天使を名乗っちゃいねえよ。俺の眼で分からないのは、俺に目もくれねえ女の心だけさ」
「ちげぇねぇ!」
そんな会話が聞こえてきて、思わずくっくっと声が喉から漏れてしまった。
チハルが知る限りでも、ルシファーが女性に好意を持たれているという話は聞いたことがない。
「あ。チハル、お客」
投げかけられたルシファーの声に顔を上げると、カウベルが鳴って一組のお客が入ってきた。女性と少年の二人連れ。
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