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何の曲だったかは覚えていない。
ただ春に似合う長調なメロディと、優しいフルートの音。
河原で練習しているその人に出会ったのは、ちょうど1年前の春。
じっと聞き入ったその時確かに、心は躰から遠く飛び出した。
もし心と躰がくっついていたら、私は立ち上がれもせず、そこから離れも出来なかっただろう。
でもゆらゆら揺れて時には近付くもんだから、やっぱりしばらく離れられなかった。
その人が楽器をしまい始めてやっと、心はまた躰からふわりと離れて、躰は我を取り戻し歩き始めた。
不思議な感覚を味わったものだ。
でもこの感覚は確かなものだった。
しばらく揺れては返す気持ち。反芻して何度も味わった。
私には到底あんな音は奏でられない。望んだって無理だ。
だけど、諦めとは違う何かも感じとった。
何かすごくかきたてられた。
そのまま走って家に帰る。暖かみを帯びた風を切って走る。
「そっか…」
時として気付かなかったことに気付くのは突然であったりする。
美しい春の陽気に気に入られた私は、一番幸せだったかもしれない。
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