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オレンジピールの入った甘酸っぱい香りのビターチョコレートでも口に放ったかのような、鮮やかなほろ苦さに満足した表情で、千年は何やら『不幸の味』について講釈し始めた。
「穂高先輩の真っ直ぐさに惚れ込んで、放送部の部長さんはお付き合いを始めたんだ………と想像させる、甘酸っぱい柑橘の香りですね。
穂高先輩は悪童のような彼に、日々の辛さを分かって欲しいけど、口に出せないジレンマがあって、それが、とーーーっても、ねっとりした部活動同士の諍いの熱で蕩けて、えも言われぬ『不幸』を作り上げていたんですね………」
比喩かと思ったが、実際に今、その味がしているようにしか見えない。
人と人の間に生まれた不幸を噛み締めて、密の味を咀嚼して味わう。
お菓子を食べる、女の子の嬌声だった。
「はあ。気恥ずかしいけど、助けて欲しい、小さな不幸のビターチョコレートに、優しく爽やかなオレンジの香りが混じり合うことで深みが増して、幾ら食べても飽きない味で………初々しいオレンジの苦味が癖になりそうです!
………ああ。そうだったんだ。
二週間前リハの日に放送部の部長さんがお休みになったのは、後輩さんたちの失敗というピンチを、穂高先輩が恰好良くチャンスに切り替える………脚本を演出するため、だったんですね。それなら穂高先輩のビター味が、こんなにも甘く蕩けるような触感だったのも自明の理ですっ!」
「そう、なのか」
「程よく練られた恋のほろ苦さに、誰かを想い助けようとする、苦くて爽やかなオレンジピールを混ぜた『不幸』、美味しく、頂戴致しました」
はあ。と、千年の恍惚とした溜め息。
「………それにしても。
人間というものは『禍福は糾(あざな)える縄の如し』の人生だというのに、『不幸』の千里眼でらっしゃる貴方様は幸福を見る力はこれっぽっちも持ち合わせていないのですね」
「あ、うん………ありがとう」
大吉、大吉。
「御愁傷様、無神君」
「それじゃあ、付き合ってくれるの?」
「貴方様。私は真の人魚なのですよ」
子どもをあやす女の声で、千年は俺の頭を撫でた。
「まだお分かりになりませんか?」
「え………?」
「貴方様。私は人間の『不幸』を食らい、永らえる『人魚』の最後の末裔……第六百六十六代目の『八百比丘尼』の人魚、貴方が望む幸福とは真逆の不幸と凶兆を願う、悪神のような女なのですよ」
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