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神様は人の願いを聞き届ける。
『それじゃあ、誰が願いを叶えるの?』
七歳。
俺が神様だった頃。
この言葉に、巫女装束の母と、神主姿の父は口を噤んだ。
二人とも答えずに黙った。
『大神様は衆生のためにお祈りし、世の平安を願われます』
『衆生の願いを聞き届け給うが大神様の在り姿にあらせられます』
その言葉の意味はまだ分からない。
誰の願いも叶わない。
そんなのは嫌だった。
俺の願いを誰も聞いてはくれないだけなら、まだ良い。
俺は神様としての立ち場を受け入れているから。
俺の周囲の人たちや、両親の悲しみを救いたかった。
人を救うのが俺の役目だから。
願いなんて持たずに生きていける。
信じていた。
あの頃の俺は神様だった。
少なくとも俺だけはそう信じていた。
生まれた時からずっと、大神様だったから。
テレビだとかネットだとか本だとかゲームだとか、世界には幾らでも転がっていたのに、俺の世界には終わりない祈りだけしかなかった。
その世界を壊したのは、傷だらけの千年だった。
「ほんとは、大神様もフツーの人間なんだよ」
外の世界にあるとかいう『学校』に行けていないのは、おかしい。
榊の小枝に紙垂(しで)を付けた玉串を奉奠(ほうてん)しても、傷は癒えない。
誰の傷も救えない。
その言葉は、当時の俺には届かない。
千年が『不幸の人魚』だったとしても。
救うんだって決めていた。
その願いを打ち壊したのは、不幸を齎すという災厄の人魚、千年だった。
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