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人形たちは、彼の意思どおりの事を話すとは限らない。彼の口を借りて、彼の悪口を平気で告げて、相手を混乱させるなど、お手の物だ。
これがまた新たな混乱を招く。
それでも、生活を保つのに、金ならあった。
それこそ、金だけは無尽蔵にあった。
もともとそういう家に生まれついたのだ。
ならばと容赦なくそれを撒いて、折しも分譲が始まった都内の金持ち専用マンションを即金で買い上げ。
悠々自適と言うもおこがましいヒキコモリ生活も実に4年。
人嫌いを極めてもはやごく限られた人間と会うコトにすら面倒を感じ、ただ死ぬ事のみを待ち望んでいた彼の世界を、しかし、いきなり粉々に打ち砕いたのが、先に名のあがった、蛍なのである。
無論、昆虫ではない。
立派な1人の女性の名前だ。
相沢蛍。
彼の元患者で、初めて出会った時はまだ、中学を卒業したて。
悲惨な事故の犠牲者と、受け入れ病院の院長代理という異様の出会いではあったけれど。実のところ、正直を言えば彼にとっては、けして認めたくはないが、初恋の相手だ。
思いがけず、成人した彼女と再会するという奇跡を果たした。
再会が奇跡なら、それ以後の展開は彼のすべてを賭けた大一番となった。
4年を誇るヒキコモリ生活をなげうっても、どうしても、己の手許に止めておきたくて、家政婦が必要である事と、理不尽極まりないいいがかりで引き留め、己は「人形」を通じてしか喋れないという、どんな恋愛系障害にも有り得ぬような逆境にもくじけず、あの手この手でとうとう口説き落とした。
そんな相手だ。
思えば実際、彼女が彼の元を訪れたとき、彼の身の廻りは名実ともに荒れに荒れ果てていた。彼の世話を続けていた老乳母が、いよいよ体調を崩して入院したためだ。
それまでお坊ちゃん、お坊ちゃんと敬われ、家事のカの字にも触れる事のなかった彼である。いっそ世捨て人の名にふさわしく荒んでいく身の回りに、一種の悪い快感を覚えていたともいえるかもしれない。
いい年をした中年目前の男が、金に困らぬ事にあぐらをかいて、高価なタワーマンションの屋上階をこれ以上もなく贅沢に無駄にして、まァ、平たく言えば、思う存分、世を拗ねまくっていたのである……よくこの有様で彼女の心を勝ち得たものと、自分でも不思議に思わぬではない。
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