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 自身に誇れるものといえば、ただ、金にはじまり、金に終わる。  彼の家は、遠くたどればその財の源は室町あたりに遡ろうという、やたらな旧家で、しかも代々当主は勤勉で放蕩とは無縁の生真面目さで、延々と財と権力と血脈を保っていた。  彼の代で途絶えさせようとしても、とても為せないほどの唸る財を、今誰が管理運営しているのかといえば、コレも利殖について病的な執念を燃やす変人の友人だ。だが、その男について話すのは、その必要が生じたときに譲るとして、何をおいても、ここで語るべきは蛍についてである。  蛍は彼の金にはなんら魅力を覚えておらず、むしろ、そのせいで自分は彼とは釣り合わぬと、いまだに強固に思っている節がある。  だから彼がより深い仲になりたいと望んでいるのにも関わらず、こうして彼女を住み込みの家政婦として雇い、寝食を共にして、もう片手より多い月がたとうとしているのに、まだに何も出来ていない。  共に1つの屋根の下に住み。 邪魔するものもいない大きな家の中で2人きりで。  ……しかももう互いの思いも確かめ合っているのに。 いまだに、キスだけ。  彼としては距離を詰めたいところはヤマヤマではあるのだが、蛍相手にはどうしてもできない。  甘い、良い雰囲気までは行くことがある。だが、恋愛に関してだけは、彼の指先が動いただけで飛んで隠れるような小心で初心な蛍を前に、目も当てられぬような漁色の過去もあるはずの彼が、どうしても、強く出られない。  金ならあるので、別に誕生日を理由にしなくても、その気を引くようなプレゼントを何か、と考える事もある。  たまに「海」や「花火」に根回しして(とはいえ、彼女らは人形で、彼が動かしているのだが!)指輪だのなんだの、欲しいものはないかと水を向けてみることがある。  しかし、一言の元に否定される。 「だって、お掃除のとき邪魔です。別に、誰に見せる事もないですし」  そうかもしれない。 それはまったくもって……そうかもしれないが!  いやはや、難敵である。  腕組みをして、一人想いに浅いため息とともに彼が肩を落としたところで、ご機嫌伺に参りました、というのがあからさまに判る笑顔で、蛍が書斎に入ってきた。
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