第1章

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「別れよう」  そう告げられたのは、彼が半年程度の留学から帰ってきてすぐのことだった。  大学生だった彼と、社会人だった私。留学して早々に連絡がなくなり、音信不通となった時点でそうなる予感はしていた。  メールボックスを開いてはため息を吐く日々は、臓物の芯をじっくりと鷲掴みされるような悲しみを与えてくれた。  今日は連絡が来るかもしれない。そんな淡い期待を裏切られる毎に涙の量は増えていき、私はゆっくりと悲しみに溺れていった。毎日毎夜、涙の海に溺れ、窒息しそうになった。悲しみは徐々に思考を麻痺させていき、私の心は彼以外の出来事には微動だにしなくなり、仕事も手に付かなくなった。  連絡のくれない彼のことしか、考えられなくなっていた。  私は自分が思っている以上に彼が好きだった。彼という人間に執着していた。 「ただいま。――近いうちに会いたいんだけど」  悲しみや嘆きは、突然齎された一言で昇華されて、喜びに置き換わった。何の為に、彼が私に会うのかということは想像がついていたにも関わらず。  そうして半年ぶりに再会して、予想通りに別れを宣告された。  それでも、私は諦めたくなかった。彼と一緒にいたかった。彼が、欲しかった。  振られてなお、私は彼と繋がりを保持していたかった。 「もう連絡をするつもりはないから、キミの番号は消したし。それじゃあ、元気で頑張って……」  話を切り上げようとした相手に私は縋り付いた。醜くて、みっともなくて、年上の余裕なんてそこには皆無だった。 「いや。……嫌だ。そんなの、私には耐えられない。お願い、恋愛感情じゃなくてもいいから、私を切り捨てないで」  彼は少し考えて、それを受け入れてくれた。 「そんなに言うなら、友達として、であればいくらでも付き合ってあげるよ」  彼は、苦笑いでそう言った。だくだくと涙を流し、充血して真っ赤な目をして、化粧は崩れ、髪も振り乱した私に彼は友達宣言をした。  憐れみ、蔑み、見下しといったモノしかその笑顔には含まれていなかった。それを見て、かつて情熱的に恋愛をしていた時の感情は、彼の中にはもはや存在していない事を私は知った。  私達の関係を友人と言う枠に収めることを条件に連絡を取る事を許された。惨めだった。関係を断ち切るべきだと、理性は警告していた。  それでも、彼と繋がっていられるという喜びの方が、大きかった。 
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