第1章

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「宝来が殴る気持ちが分かりますよ…」  政宗は、殴られた頬を押さえた。やっと腫れが引いたのだ、又殴られたくはない。 「まった、まった、茶屋町。途中で拉致されたのだ、俺が突っ込んでいったわけではない」  多少、自ら行ったかもしれない。  玄関の時計が、時間を映していた。かなりの時間が経過していた。 「連絡は取れなかったかもしれませんが、救けも呼ばなかったですよね?」  そういえば、救けは呼んでいなかった。自分で切り抜けられると考えたわけではないが、危険な場所に、誰も近寄らせたくなかった。 「…危険な人物だったからね。巻き込みたくなかった」  本音であった。  そこで、茶屋町に殴られそうになり、政宗は本気で逃げた。 「…政宗、帰してくれたからいいですが、殺されていた可能性の方が高かった」  政宗は屋根の上まで、逃げて茶屋町を見下ろしていた。 「分かっている」  茶屋町が屋根まで追ってきた。政宗は、茶屋町の拳を手で受け止めた。 「分かっていません。天然体を失った、ミラレスの実験体は生きられませんよ…」  茶屋町は、親友だ。きっと、時宗と真誓を育てて生きる。でも、茶屋町の涙は、殴られるよりも痛かった。 「いつもありがとう、茶屋町…」  手を握り締めると、政宗は深く頭を下げた。 「父ちゃん!帰ってきたの?」  声に気が付いた時宗が、走って出てきたが、屋根の上に居るとは気付かない。 「父ちゃん、どこ?」  時宗も泣きながら、政宗を探していた。 「時宗、上だ」  政宗は、屋根から飛び降りると、時宗を抱きしめた。 「ごめん、心配かけたみたいだね…」  時宗の涙も、心に染みる。そこに詩織がやってくると、平然と政宗を殴っていた。 「詩織…そこで、殴る?!」  宝来が殴ったのとは、反対の方であった。 「真誓と時宗を泣かした分です。私の分も殴られたいですか?政宗君」 「イヤです」  詩織は、案外怖かった。  真誓も抱き上げると、頬擦りしてみた。今日食べたリンゴと、ミルクの匂いなのだろうか、真誓から匂ってきた。 「父ちゃん。黙ってどこかに行ったりしないでね」  時宗も、政宗が誘拐され易いことは理解していた。政宗が子供と同じで、興味があるとふらふらと行ってしまうことも承知している。 「はい、そうします」  政宗の言葉は、全く当てにならない。
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