第1章

112/136
前へ
/136ページ
次へ
 茶屋町は、作業場に戻り交渉するという。ユカラに渡すデータが莫大なのだそうだ。去り際に茶屋町は、小さな袋を政宗に投げた。  袋を開くと中には、時計のパーツが入っていた。 「二千翔さんが、遺品から見つけたそうです」  丁寧に磨かれたパーツは、全て揃っているようだった。 「時計にしてあげてください」  政宗が一瞬固まる。以前にひとつ組んではいるのだが、この時計、精密であるのだ。 「…簡単に言うな。徹夜になる」  茶屋町が笑っていた。その徹夜で組んだ時計は、茶屋町も愛用していた。 『永遠に刻む時計に、永遠に愛を誓う』  そんなキャッチコピーで、売られていた時計だった。本当に止まらない時計で、愛用者は多かった。今も、地味に今も人気ではあるが、生産がストップしてから長く、高値になっている。 「まあ、時計は動いているから時計だからな」  政宗は、左目を機械に切り替えると、コードを取り出した。この時計、左目でないと組み立てる事ができない。 「おとなしくしていてください」  政宗に、おもちゃを与えた茶屋町は、笑顔のまま去って行った。  永久時計、摩耗によってパーツが変形することを計算に入れ、全てのパーツが組み合わされている。摩耗には摩耗で応え、その歪みが他のパーツを動かし、自動で最適な位置となる。  政宗の生きた宇宙船は、本当に生きているが、この生きたパーツは無機質な鉱物でさえ生き物のように変えるものだった。 「…本当に凄い」  この仕組みの計算を行った人物は、天才なのであろう。  政宗は、真夜中でも、三階の部屋で時計を組み立て続けてしまった。政宗の左目から伸びたコードは、顕微鏡レベルの組立を可能としていた。本来は作業場で行いたいが、こんな楽しい事は、誰にも邪魔されたくなかった。   息子の時宗や真誓も、見つけたら組立したがるだろう。大人げない政宗であった。 「これ、時計だよね…」  時計の組み立てだというのに、その世界観は宇宙であった。引力が引きあうように、パーツが引きあう。時計という、こんな小さな世界だというのに、見つめているのは世界の摂理なのかもしれない。  天才である、江戸崎のデータには事実の集約があった。完璧な集約。でも、女性の天然体は、女性の考え方がある。ゼロから産みだし、生命を作る。世界は繋がり共鳴している。ひとつはひとつではなく全て、という思想があった。 「…天然体の怖さがあるな」
/136ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加