第1章

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 でも、少しおかしい。かなり好条件なので、他の業者が引き受けてもいいはずであった。 「それでは、三日後にお返事を伺います」  担当者は、書類を置くと去って行った。何の根拠で、三日だったのかは分からないが、イルミナ・フォンが急いでいることは確かであった。  高速通信を銘打っている機種が、一週間後に発売される。そこで、高速でなかったら、売上に影響、信用も揺らぐ。  塵一つないオフィスを出ると、ユカラに出た。ユカラの高層部に会社があるというだけでも、かなりの大手企業なのかもしれない。 「茶屋町、何かおかしいよな…」 「そうですね」  家に戻り、廃船を調べてみると、周囲では幽霊船と呼ばれていた。時折、勝手に移動し、時折、他船に通信も入る。助けてという女性の声が、通信で入るのだそうだ。  廃船になる前は、豪華客船であったというが、鉄黴に襲われ、多数の犠牲者を出した。そもそも、豪華客船に鉄黴というのもおかしい。鉄黴とは、宇宙に浮遊していた微生物だが、余程古い宇宙船か、管理の悪い宇宙船にしか被害が出ない。今は、対応策があるのだ。  鉄黴事故の状況を確認すると、満室の状態で、鉄黴により外壁の一部が壊れた。人々は逃げたが、側面の穴から外に幾人も飛ばされて消えていった。ある筈の、閉鎖装置がなく、また応急処置や、避難場所も用意されていなかった。  脱出用もカプセルは不足していて、乗るために殺し合いにまでなった。しかも、そのカプセルは、飾りであり、実際には使用できなかった。カプセルに乗ったまま死亡していた、乗客も見つかっていた。  救助信号は出されていたが、救助依頼の内容がはっきりせずに、対応が遅れる。救助船が辿り付いた時には、緊急用の簡易カプセルを自分で用意していた、数組の家族だけが部屋に籠り、助けを待っていただけであった。  家の居間で、政宗は端末を叩き、資料を臨場感を込めて読み上げていた。近くで、茶屋町が、最新型の銃の手入れをしている。 「何故、乗客が、緊急用の簡易カプセルを持って、豪華客船に乗ったのか?」  助かった家族は、実名を公表しなかった。推論では、この船の設計者とか、乗組員の説で通っている。 「父ちゃん、怖い話だな」  時宗(ときむね)が、涙目で聞いていた。 「怖いのは、この船の設計だな。他は怖くないだろう?」
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