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「すみません、新垣さん、ちょっと来てくれますか」
新人の竹野くんが呼ぶ。新人といっても同じ21歳だから、わからないことがあればすぐ私に聞いてくる。
注文されたタバコを棚から見つけられないとか、まだ教えていないライブチケットの発行を頼まれたとかだろう。
「お待たせしました」
カウンターへ入ると、竹野くんが水道料金の請求書と思われる紙を渡してきた。
お客さんは私ぐらいの背丈のご婦人で、ゆったりしたショールを肩にかけてマスクをしていた。なぜか少し堀の深いぱっちりした二重に、見覚えがある気がした。
料金を提示して画面の確認ボタンを押してもらい、お金を受け取って、ハンコを2回押して点線でちぎると、お客様控えをご婦人に手渡した。
ショールから関節の目立つ白い手が伸びて、急いで受け取るとすぐに引っ込んだ。彼女の目が、私の胸元あたりで泳いで、逃れるように視線を外すと踵を返して出口へ行ってしまった。
「ありがとうごさいましたー」
「何なんだろ、何か悪いことでもしたのかね」
竹野くんがのんきに言う。
「あれ?この人、にいがっきーと同じ苗字だよ」
「だから変なあだ名で呼ばないでよ。それとお客様の請求書を見ちゃだめでしょ」
でもそのとき、私はピンときて竹野くんから請求書の切れ端を奪った。
「新垣、佐穂……」
「人のこと言えないじゃん。ってか、知り合いなの?」
名前が印字された部分を見つめて固まった私に、竹野くんが言った。
「死んだお母さんと、同じ名前……」
「えっ……」
これが全てのはじまりだった。
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