第2章 賭博師のラブシュプリマシー

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 彼女が亡くなったのはそれから数日後のことだった。  今からおよそ3か月前――7月末の東京はまさに灼熱地獄だった。  東京中のアスファルトというアスファルトから陽炎(かげろう)が発生し、視界が揺らぐ。なぜコンクリートが溶け出してセメントペーストへと戻らないのか不思議なくらいだ。  東京のビル群をコンクリートジャングルと称するならば、乱立する高層ビルは確実に熱帯雨林ということになるだろう。高温多湿の熱帯気候。日本の首都が熱帯ならばもう日本はもう熱帯の国という区分にしてもよいのではないだろうか。亜熱帯などという言葉も生温い。本当にここは灼熱地獄だ。  そんな地獄のような気候でも渋谷は人でごった返していた。今日は土曜日。皆、暑いのを押して無理にでも休日を謳歌しようと考えているのだろうか。  ただ、そんな中でも汗をかきつつ必死に動き回らなければならない者達がいる。真っ黒なリクルートスーツを着込んだ就活生だ。土曜日にもかかわらず、企業の説明会でも近くで開催されているのか、ちらほらと姿を見かける。果たして彼らは何か悪いことでもしたのだろうか。いったいどんな罪状で、こんな灼熱の地獄に堕とされてしまったというのだろうか。  経団連の方針で、2015年から突然、就活解禁日がかつての4月から8月へと後ろ倒しになった。就活生はもちろん、採用を行う企業側も大混乱に陥った。誰が得をするのか分からない突然のシステム変更はこんな形でもその影響を拡げている。 (私はこの先どうなるんだろう……)  神楽坂愛里は眼鏡の奥の瞳に就活生を映しながら自身の進退について考えていた。 (就活するとしたら来年か……。でも研究は続けたいし、何より田舎には戻りたくないな)  リクルートスーツには特徴があってはならない。黒以外の色はもちろん、たとえ薄くてもストライプ模様があったらアウトだ。ファッション性など皆無で、一言でいえばダサくて地味だ。  だが、この若者の街、渋谷において、地味なはずの彼らの格好は人ごみの中で逆に目立ってしまっている。ダサいという点では変わらないが。  そんな彼らが人目を引くのは、黒のスーツが存分に太陽の熱を吸収し、励起したエネルギーが放出されて発光しているからなのではないだろうか――などと下らないことを考える。 (今は先のことを考えるのはやめよう)
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