第2章 賭博師のラブシュプリマシー

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「調理酒に酢? そんなもの冷蔵庫に入れないでしょ」 「その通りです。坂井さんは料理をしない方でした。あの日もお弁当を買っていましたし、ゴミ袋の中は精製食品のゴミでいっぱいでした。料理酒やお酢など本来冷蔵庫には入れなくていいものまで入れてしまったのは、ひとえに料理経験がなく、どこで保存すればいいか分からなかったからじゃあないでしょうか」  恐らく瓶や紙パックの表面に書いてあるとは思うが……。 「なぜ料理をしないのにそんな調理酒や酢を購入したんだ?」 「本当です。塩胡椒すらないのに酢や調理酒だけがあるなんておかしいですよね。答えは単純です。それらは料理に使うものではなかったんです」  料理に使わない? まさか直接飲むわけではないだろう。颯太や林原はもちろん、警察官達も頭を捻っている。 「ブドウジュース、カルピス、調理酒にお酢……坂井さん、あなたはこれらを調合してスズメバチの誘引剤を作っていたんですね」  ペットボトルを利用したスズメバチの誘因トラップというものがある。作り方は簡単で、2リットルのペットボトルの上部に2~3センチ四方の穴が開くように”H型”に切り、ハチの入り口を作る。  そして、ペットボトルに200ミリリットルくらいの誘引液を入れておく。そうすればハチが好む匂いが発生し、それを林などの屋外に放置しておけば自然とそのペットボトルの中にハチが入っているという算段だ。  その誘引液というのが坂井に家の冷蔵庫にあったものを適当に組み合わせて調合したものだったのだ。 「この臭いの成分は最近の研究で明らかにされています。酒やカルピスに含まれる微生物によって発酵が進み、それに伴って発生する臭気は樹液の香りに似ているんです。ブドウジュースやカルピスなど、これらのいくつかを組み合わせることによって生ずる臭いにスズメバチが誘引されることをあなたは知っていた。理学部生物科……昆虫と密接に関係する植物の研究をしていたあなたならこのことを知っていても不思議はありません」  例えば、グレープジュース:酒:酢:砂糖=10:3:2:2の割合で混合した誘引液がある。坂井の家にあったものを使えば、ちょうどこの配合の誘引剤を作ることができた。
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