第2章 賭博師のラブシュプリマシー

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「ハチには地域性があります。ある地域でのハチならこの調合比率で誘引されても、別の地域ならば別の調合をしなければならない。あなたは林原さんを殺すと決めてから3ヶ月間、毎日スズメバチの誘引剤を調合していたんじゃないですか。だから研究室にも行っていなかった」  トラップに仕掛けられた誘引剤の臭いは1週間もすれば消えてしまう。坂井は1週間ごとに彼のアパートの窓から見えた林に行き、トラップを確認していたのだろう。ハチが入るか否か、調合は正しいのか否か。ずっと反復していたに違いない。 「そしてついにあなたは最適の調合法を見付けた。スズメバチを手に入れることに成功したんです」  後は先ほど言ったように新聞紙で煙を発生させ、ハチを燻(いぶ)すことで弱らせる。その後は虫かごに入れ、犯行決行日にはビニール袋に移して持ち運ぶ。  証拠など手口がバレなければ残らない。ビニール袋など、バッグに入っていてもおかしくないものだし、坂井は革手袋をしており、指紋も残っていない。手際さえ良ければ完全犯罪になり得た。  事実、1回目の犯行は上手くいった。林原に気付かれず、スズメバチは彼を刺した。問題は病院がすぐ近くにあったことだった。 「ただ、別にあなたはそれでも良かった。相手は天然のハチです。証拠になりそうな指紋も消していたし、何度でも何度でもトライすれば良かった。たとえ、ハチが彼を刺さずに逃げてしまっても別に構わない。まるで身を滅ぼす賭博師のように次に来るであろう成功を信じていればよかった」  唯一証拠になりそうなビニール袋もコンビニなどで貰えるどこにでもある袋だ。数日後には林原の手によって怪しまれることもなく捨てられてしまっていただろう。 「そして、2回目です」  愛里は留美として坂井の部屋に上がった後、姿を消したが、実はそれからも坂井の後をつけていた。もちろん、その頃にはもう既に変装は解いていた。  坂井は住宅街の中の小高い丘にある林に向かっていた。その中に仕掛けていたスズメバチを捕まえるトラップを確認するためだ。
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