第2章 賭博師のラブシュプリマシー

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「まさか、私と会ったその日にスズメバチがトラップに引っ掛かっているとは思わなかったですね。あなたはその幸運に感謝した」  果たしてトラップの中にオオスズメバチがいた。土曜日、ハチを手に入れたのは夕方近かったし、日曜日は友人と遊ぶ予定だったから、ハチが弱り切ってしまう前の月曜に犯行を決行するだろうと坂井は考えた。愛里の推理は当たっていた。 「後は説明したとおりです。ご理解いただけましたか?」  一同は坂井を除き、黙りこくったままだった。圧巻だった。彼女が話し始めると本当に彼女が一大スターであるかのように周りが静かになる。  そのとき、警察官の無線機が鳴った。しばらくその警察官は無線を使って話していたが、やがて無線を切ると愛里へと向き直った。 「神楽坂さん、どうやらあなたの言った通りのようです。坂井の自宅から紙袋が発見されました。虫かごもです。今、近くの林へと捜査官を向かわせています。すぐにトラップも見付かるでしょう」  凄い。颯太は素直にそう思った。  スピード解決だ。ラットの集団死事件のときもそうだったが、彼女の行動力と推理力、洞察力には目を見張るものがある。これはきっと感謝状ものだろう。 「もう、神楽坂さんに署で伺うことは何もなくなりそうです。本当にまだ若いのに……危険な目に会うかもしれないのに……。神楽坂さん、事件が落ち着いたらお礼に伺いますよ」  警察官が敬礼する。愛里はにこりと笑った。だが、その笑顔はすぐに解除された。愛想笑い。ただの愛想笑いだった。 「お巡りさん。まだ私の話は終わっていませんよ」 「ああ、林原さんが1回目に刺された方の余罪もきちんと立件しますよ」 「違います。そうではありません」  そう言って愛里は颯太と林原の方を振り返った。その目はとても寂しい色に満ちていて、思わず颯太も泣きたくなった。 「第2ラウンドです。これから私が話すのは殺人未遂事件ではありません」  ごくりと颯太が唾を飲み込む。そうだ。今しかない。 「竜崎恵美が殺された事件……――殺人事件です」  恵美の名を聞いて林原は動揺したかのように身じろぎした。 「今から私が真相を明らかにしてみせます」
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