第2章 賭博師のラブシュプリマシー

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「竜崎恵美? 確か……」  警察官のひとりが覚えていたようだ。どうやら私服であるため刑事のようだ。 「あれは事故だったはず……殺人事件ではない」  8月3日。今からおよそ3ヶ月前、恵美は物言わぬ姿となって発見された。  死因は事故死。連絡が付かず心配した親がひとり暮らしの恵美の家を訪ねてみたら玄関先で亡くなっていたのだそうだ。 「刑事さん、恵美の死のことをご存じなんですね。良ければ詳しくお話をしてくださいますか」 「あれは事故死だった。それに捜査資料を部外者に漏らすわけにはいきません」 「部外者ではありません。私は彼女の親友でしたから」 「神楽坂さん、そうはいってもあの件はもう事故死で決着がついてる。司法解剖も行われたし、死因もはっきりしている。いくらあなたが今回の件の協力者でも捜査内容はプライバシーの観点からもお話しできません」  愛里は、そうですか、なら仕方ありません、と言った。一瞬諦めたのかと颯太は思ったがどうやら違ったようだ。 「ならば、当初の予定通り、私が彼女の死を推理しましょう。刑事さんはただ聞いていただけたら良いかと」  刑事はその言葉にたじろいだようだった。事故死だったのに愛里は殺人事件だったと言った。そして彼女は見事に坂井を捕まえる立役者となった。彼女は侮れない。もしかしたら警察発表が覆されるかもしれない……そんな不安が脳裏をよぎったようだった。  だが、この期に及んで聞かないで行くわけにもいかなかった。彼は静かに頷いた。 「恵美の死因は事故死――その根拠は恵美の部屋が密室であったことに起因しています」  また、密室だ。低温室の次は恵美の自室。だが、今回は鍵のかかった正真正銘の密室だ。 「では、直接の死の原因となったものは何だったのでしょうか」  事故死というのは死因を直接言い表すものではない。 「窒息死だったのではないでしょうか」  愛里はそう断言した。 「私は恵美のお葬式に出席しました。彼女の死に顔は安らかでしたが、私はひとつだけ気になった点がありました。それはここに傷があったことです」  愛里は自らの白くほっそりとした首を指差した。
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