第2章 賭博師のラブシュプリマシー

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 棺の中で永眠する恵美を覗き込んだとき、愛里は発見した。恵美には外傷はなかったが、喉のところに小さな切り傷が複数残っていたのだ。それはまるで喉を掻きむしった痕のようだった。 「恵美はとある原因で呼吸困難に陥った。林原くん、君は確か以前、ハチに刺されたとき呼吸困難になりましたよね。どんな気分でした?」  林原は苦虫を噛み潰したような顔をした。せっかく忘れかけていたのにあのときの感覚がよみがえってしまったのだろう。 「そりゃあ、苦しいですよ。息ができないんですもん。うえってなりましたよ。死ぬかと思いました」 「喉を掻きむしるほどに?」 「ええ、実際、思いっきり喉には触りましたよ。幸いそこは病院でしたからね。医者がすぐにエピペンを打ってくれて事なきを得ましたが」  エピペンとは、アドレナリン自己注射薬のことだ。別名、アナフィラキシー補助治療剤とも言われる。 「あ、それ動物棟に置いてある」  颯太が言った。 「はい。その通りです。ネズミなどの動物に噛まれたときもアレルギー体質の方はアナフィラキシーショックを引き起こすことがあります。毒などないにもかかわらず。それこそスズメバチに刺されたのと同じような症状を引き起こすことがあり、たいへん危険です。エピペンはそういった症状が出た際の応急処置に使われる薬剤です」  アナフィラキシーの徴候や症状を感じたときに、エピペンを太ももの前外側に速やかに注射することで、アナフィラキシーショックの症状の進行を和らげることができるのだ。 「アナフィラキシーの原因はタンパク質です。ハチ毒に含まれるタンパク質、ネズミの唾液に含まれるタンパク質、食品に含まれるタンパク質――人によって違いますが、様々なものに含まれるタンパク質がアナフィラキシーを引き起こす可能性があるのです」  アナフィラキシーはアレルギー症状の深刻なものと捉えて問題ない。  アレルギーとは、本来、体の外から入ってきた細菌やウイルスを防いだり、体の中にできた癌細胞を排除するのに不可欠な免疫反応が、花粉、ダニ、埃(ほこり)、食べ物などのタンパク質に対して過剰に反応することをいう。つまり免疫異常ということになる。
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