第2章 賭博師のラブシュプリマシー

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 本来は毒ではないただのタンパク質に体が異常に応答してしまい、炎症等の症状を引き起こす。炎症による腫れが気道にできてしまえば、当然呼吸ができなくなり、治療が受けられなければ窒息死となる。 「恵美の首元には掻きむしったような痕がありました。恐らく息ができなくて苦しくて思わず引っ掻いてしまったのでしょう」 「でも、事故死なんですよね?」  颯太が愛里に尋ねる。窒息死ならば他殺を思い浮かべてもよさそうだ。紐での絞殺でも窒息死は起きる。その最中に被害者が首を掻きむしるというのはよくある話だった。  しかし、警察の判断は事故死。 「そう。なぜなら……警察が事故死だと判断した一番の理由が窒息死の原因……林原くんが陥ったのと同じアナフィラキシーショックだったからです」 「アナフィラキシーショック……」  林原がスズメバチに刺されて起こしたのもアナフィラキシーショック。そして、恵美の死因もまたアナフィラキシーショックだというのか。 「刑事さん、あなたは彼女の死因を深く話そうとしませんでした。それは彼女のご両親の要望があったからでは? 窒息死は林原くんが証言してくれたように非常に苦しいものです。苦悶の表情を浮かべます。まさに般若のような」  恵美の死体は死後すぐに発見されたらしい。まだ死後硬直が解けていなかったのだろう。 「ご両親はそんな顔を浮かべて亡くなった恵美さんを憐れんだ。そんな苦しい顔をして亡くなった事実はなかったことにしてしまいたかった。だから、事故死でそれ以上のことは隠すよう頼んだのでは」  刑事は何も言わない。ただ、降参したように肩をすくめただけだった。  死後硬直が解ければ、筋肉の緊張は解除され、顔は必然的に安らかなものとなる。死に顔は何も語らない。 「刑事さん、死体が発見されたとき、ドアの鍵はどうなっていましたか」 「閉まっていました」 「合鍵を持っているのは」 「鍵は全て彼女とご両親のところに。新しく作られたという事実もありませんでした」  愛里は素直に話し始めた刑事の言葉にふむふむと頷いた。どうやら愛里の推理に間違っていたところはなかったようだ。 「恵美は……アレルギー体質だったんですか」  林原はそう愛里に尋ねた。 「刑事さん。彼女のアナフィラキシーショックの原因はそばアレルギーではないですか」  刑事はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
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