第2章 賭博師のラブシュプリマシー

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「以前、恵美と食事に行ったとき、彼女が話していたんです。自分はそばアレルギーだって。そばと一緒に茹でた釜を嫌がって、うどん屋も行きたがりませんでした」 「何だって?!」  そのとき、刑事が素っ頓狂な声を上げた。その反応に愛里はやっぱりというようにため息をついた。 「竜崎恵美は自らにそばアレルギーがあることを把握していたのか」  愛里が首肯すると、その刑事は今にも膝から崩れ落ちそうになった。その事実がよほどショックだったらしい。 「警察の方も色々と聞き込みをしたのでしょう。例えば、恵美の両親が恵美の食べ物アレルギーのことを知っていたのか否か。結果は否。たまたま竜崎家ではそばを食べる習慣がなかった。今ではそばアレルギーによるアナフィラキシーの発症を恐れて給食の献立にそばが入ることはありません。彼女は20年間生きてきてそばを口にしたことがなかった……そう結論付けたのでは?」  今から10年以上も前、学校給食に出たそばでアナフィラキシーショックを起こし、亡くなってしまった児童がいた。最近でも、給食に誤って混入したそば粉が原因で児童が死亡し、大ニュースとなったことがあった。  そばは他のアレルギー性食品より微量でもアナフィラキシーショックなどの重篤な症状を引き起こしやすいため危険な側面がある。そばアレルギーばかりが取り沙汰されるのはそのせいだ。 「刑事さん……恵美はバカじゃない! 自分のアレルギー体質くらい理解していましたよ!」  刑事は何も言わなかった。ただ、愛里に頭を垂れていた。それはまるで神に懺悔しているかのようだった。 「……すいません、取り乱しました」  眼鏡をくいと上げ、深呼吸をする愛里。 「恵美が自身のアレルギー体質を知っていたことがなぜ問題なのか。恵美は鍵のかかった部屋、つまり密室でアナフィラキシーショック死を起こした。そして、恵美がそばを食べた形跡があった。警察はこう判断したんです。かわいそうに。この子は自分がそばアレルギーなのを知らずにそばを口にしてしまったんだな。助けを求めて玄関から外に出ようと思ったが、パニックになっていてそれどころではなかった。窒息では声も出ないから誰も気付かなかった……。そしてそのまま亡くなってしまった。だからこれは事故死だ、と」  颯太の頭の中で断片的だった謎のピースが組み合わさっていくのを感じた。
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