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―――
「―――しみ、ふしみっ!」
怒鳴り声が耳を劈き、伏見は鬱陶しそうに瞳を歪めて声のした方を睨んだ。
「……はい」
「はい、ではない。いつまで自販機の前から動かないつもりだ、後がつっかえているだろう」
腕組みをした仁王立ちの女、淡島が、後ろで小さくなっている隊員を庇うように伏見の前に立ちはだかっている。言われてちらりと目線を動かすと、入れたはずの小銭が取り出し口に戻ってきているのが見えた。
「すいません」
「……伏見、一度退けて並んでいた者に場を譲ろうとかいう発想はないのか?」
「自分の分を買ったら退きますよ」
戻ってきた小銭を再び投入し、適当にボタンを押して出てきた缶を取り出す。
そうだ、まだ残ってる書類は山ほどあったな。そう思い出して踵を返す。
コツ、コツと自分の靴が廊下を踏み潰す音だけが響いている。連日の勤務に若干の疲労感を覚えて目を伏せると、どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。はっとしてゆっくり振り向くが、そこには誰も立ってはいないし気配もしない。ただ静かで冷たい廊下がすうっと伸びているだけ。
伏見は自嘲気味にふっと声を漏らし笑う。そしてまた誰もいない廊下を歩き始める。
彼の手にあるコーラの缶が、たぷんと一度揺れ動いた。
【おわるよ(‘ω’)】
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