パラレルワールド

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パラレルワールド

 「うおー、猿!見ろよ猿比古!なんかいっぱい地蔵が並んでる!」  小学生の遠足かと思うようなテンションで、目の前を行く少年が声を上げる。 黄金連休ということだけあって、観光地のこの場所には中々人が多い。そんな中人目を憚らず大声を上げる少年を、彼、伏見猿比古は恥ずかしいとは思えなかった。 「……地蔵じゃねえよ、羅漢だよ」 「へ?」 冷静に突っ込むと、少年、八田美咲がぽかんとした顔をする。その表情に若干呆れながら、伏見はズボンのポケットに手を突っ込んで気だるげに歩いた。  五月上旬、春の訪れとともにやってきたのは、大量の花粉と例年よりも照り付ける日光。今年の五月は暑くなるでしょう、とニュースでアナウンサーが言っていたのは覚えているが、ここまで暑いとは。伏見はうんざりとしながら観光案内の用紙で顔を扇いだ。  「すげー!この地蔵龍身体に巻き付けてる!すげー!」 だから地蔵じゃなくて羅漢……、と最早突っ込む気にもならず、伏見は上の空で返事をした。 ふと八田の顔を横目で覗き込むと、彼は目を輝かせて龍の鱗ひとつひとつをまじまじと観察している。嬉しそうに、楽し気にはしゃぐ彼の顔を見るのは、別に嫌いじゃない。自分はどう足掻いても八田と同じようにははしゃげないし、大声を出して走り回って楽しむことも出来ない。 けど、それがなんだというのだ。おれが出来なくたって、こいつがやってくれる。美咲のはしゃぎ様は、二人分にも相当する。それでいいじゃないか。
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