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「おーい、見えてるー? ナールー!」
アホか、アイツは。プールの端から端っつっても、たかだか25メートル。見えて当たり前だろ。
「行っくよー!」
あぁ、はいはい。取りあえず、片手を軽く挙げ、見てることを伝える。
それを合図に、天城が飛び込み台に上がった。
すっと、両手が伸ばされ。一瞬の静止の後、しなやかに長身が跳んだ。
水中に数秒。
頭が浮かんだと思った時には、両手が豪快に伸び上がって水を掻く。
うねるようにキックしながら、全身を使い、滑らかに力強く進むそのさまは。
見ている者を、一瞬で魅了する。
――相変わらず、美しいな。
正直、天城の泳ぎを見るのは嫌いじゃない。
幼稚舎からの幼なじみの間柄だ。小さな頃から、体育の授業で一緒になる度、見惚れたものだ。
まぁ、その頃は今のようにバタフライの選手じゃなかったけど。
嫌々つき合わされてる体で、ここに来たが、本当は、久しぶりに泳いでる姿を見たかった。
なぁんて、アイツが調子に乗って、さらにウザくなるようなことは口にしない。
絶対に。
ところでアイツ、何メートル泳ぐつもりなんだろう。もう、5ターンくらいは軽く過ぎてるんだが……。
「秋田先輩!」
「……っ、何?」
不意をつかれて驚いた。
天城から視線を外し、背後を振り向けば。いつの間にそこにいたのか、水着姿の女子三人が、笑顔で俺を見ていた。
「先輩、私たちの写真も撮ってください!」
「え?」
「天城先輩に聞きました。水泳部の宣材写真を撮ってくださるから、見学されてるんだって。
だから、私たちが泳いでるところも撮影してください。お願いします!」
「……は?」
アイツ、俺がここにいる理由をそんな風に説明したのか。
馬鹿め。
取りあえず見学だけって言ったろうが。
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