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――学園祭、二日前。
「こんにちは。比奈瀬さん、いらっしゃいますかぁ? あっ、兄さーん!」
通し稽古の休憩中、溌剌とした声が教室内に響いた。
「正親? 何しに来たんだ?」
全開の笑顔で手を振ってきたのは、中等科にいる弟の正親。
「ふふっ。チカはねぇ、比奈瀬さんに頼まれてぇ……」
「おっ、チカ。もしかして、あれが出来たのか?」
ん?
「ゆうちゃん! うん、もう自信作だよ。ゆうちゃんこそ、完成したの?」
「おー、俺もバッチリだぜ。何なら、合わせてみるか? こっち来いよ」
「わぁ、やったー! 見たかったんだぁ」
おい。何で、お前が正親とそんなに親しくしてるんだ?
……面白くない。
俺を無視して仲良く話すふたりの背中から、なんとなく視線を外した。
「おぉ!」
「ひゃあ!」
が、同時に、ふたりの驚く声が聞こえてきて、モヤモヤしながらも我慢しきれず、近づいていく。
「おい、何をそんなに盛り上がっ……」
「ナル! これ、すっげぇぞ!」
「兄さん、見て! これ、最高!」
「あ?」
ふたり同時に振り向きながら、揃って俺に突き出してきた物をまじまじと見る。
それは、紅茶色のロングヘアのカツラと、天平時代風の色鮮やかな衣装だった。
「これが、何なんだ?」
正親が差し出してきたカツラを手に取ったが、これが何だというのか。
「もうっ! もっと驚いたり感動したりしてよ。そのカツラは、ゆうちゃんが作ったんだよ?」
「ふーん…………え?」
「あははっ。反応遅いよ、兄さん。すっごいでしょ? まるでプロの手仕事だよね。チカもびっくりしたもん」
「あ、あぁ。確かに」
これを本当にお前が?
凝ったヘアスタイルのカツラを手に、無言で問いかけを視線に乗せて天城に向ければ。恥ずかしそうな、それでいて誇らしげな表情が返ってきた。
「でね。この衣装は、兄さんを最も美しく見せられるよう、チカが頑張ってみましたー! 比奈瀬さんの希望デザイン画に、さらにヒラヒラとキラキラを追加してみたよー」
どう? とでも言いたげに、俺を覗き込んでくる愛らしい鳶色の瞳。
得意の裁縫で俺の役に立てることが誇らしくて堪らないのだと、その目の輝きが伝えてくる。
俺が喜ぶと信じて疑わない笑顔に、白旗を掲げた。
「ありがとう。ふたりとも」
メインは正親だが、取りあえず天城にも礼を言っておくことにした。
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