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「――なぁ、ナル? そろそろ、イイんじゃね?」
「何のことだ」
「だからぁ、俺の写真だよ。こう、カッコよく泳いでるところをさ。パシャパシャって激写してさ……」
「ちょっと、そこどけ。邪魔だ」
「えぇっ? プールの写真なんだから、水泳部員が一緒に写ってもいいじゃん!」
「お前は、要らん。無駄にデカすぎて影が写り込むから、俺の周囲10メートル以内に近づくな。あと、息も止めとけ」
「ひでぇ。息をするのは許してくれよっ」
稽古の後、その日も俺はプールに来ていた。カメラを持って。
ひとしきり泳いでスッキリした表情で戻ってきた天城が、いつものように無駄に俺の周りをウロチョロする。
そして、いつも通りの会話が繰り広げられる。
やり取りに疲れてプールサイドのベンチに座ると、いそいそと隣に陣取ってくるものだから疲労は二倍だ。
ウザいから泳いでこいよ。
まぁ、それを言うのも疲れてきたから、もう隣に座っててもいいが。
「いよいよ明後日かぁ、本番。俺、緊張してきたー」
「台詞トチったら、比奈瀬に末代まで祟られるんじゃないか? お前」
「うわ、そんな有り得そうなこと言うなよぉ」
「……なぁ、天城。あのカツラ、本当にお前が?」
比奈瀬の名前を出され、めちゃめちゃ嫌そうな顔をした天城に、気になっていたことを尋ねてみる。
「あ、うん。ナルには、あの髪色が絶対似合うと思ったんだけど。あ、でも嫌だった? 気に入らなかったか?」
「いや、そうじゃなくて。マジでお前が作ったのか? お前のお母さんじゃなく?」
天城の家は美容室を経営してて、コイツのお母さんは色んな大会で受賞をしてる、腕のいい美容師だ。
「母さんじゃないよ。カツラの仕入れはしてもらったけど。あのセットは、俺がしたんだ」
「お前って、かなり器用だったんだな」
「うわぁ。それ、褒め言葉だろ? めちゃ嬉しいんだけど」
「あ、まぁな」
他の人間なら嫌みにとられてしまう俺の言葉を素直に『褒め言葉』と受け取られて、一瞬どう返そうかと迷った。
が、戸惑いながらも、そのまま認める。実際、その通りだし。
たまには、いいだろう?
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