1 青雲(あおくも)の…

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――放課後。 「おぉーい、ナルぅ!」 「……」 「待ってくれよう。ナルさーん!」 ああぁ、鬱陶しい! いつまで纏わりつくつもりだ。 聞き慣れた声が響く渡り廊下で、ダンッと片足を踏み鳴らした。 が、そのまま立ち止まっては追いつかれてしまう。 やかましい喚き声との距離を保つべく、再び足を進めた。 「なぁ、無視すんなよー。ナールっ」 しかし、敵もさるもの。一気にダッシュしたのだろう。 背後から伸びてきた手に二の腕を掴まれ、仕方なく足を止めることになった。 「なぁ。俺の話、聞いてくれってぇ。ナルぅ」 だ、か、ら! 甘え声やめろ。連呼すんな。 「おい、天城(あまぎ)。何度も言ってることだが、俺はナルじゃない。よって、お前の話を聞く義理は欠片もない。じゃあな」 強引に引き留めたわりには、どこか遠慮気味な感触の相手の手をさっと振り払い、睨みつけて、また歩き出す。 「ちょっ、待てって。お前が一番適任なんだってば! だから頼むよ」 再度伸びてきた手に今度は肩を掴まれ、その懇願の言葉に、ぴたりと足が止まった。 適任、と言ったか? 「ふざけるなっ!」 「えー? だって、お前。クラスの女子の誰よりも色、白いじゃん。肌だって、一番しっとり綺麗じゃん。色気だって抜群じゃーん」 「……っ」 何だ、コイツ。男の俺に、それが褒め言葉になるとでも? 「だからさ。学園祭の芝居の姫役、引き受けてよ。俺の恋人役だよ?」 「ざけんな、一度断ったろっ」 「うわっ!」 ――ドサッ 肩から顎へと伸びてきた手を素早く反らし、その流れで投げ落とした。 仰向けに床に転がり、うっと呻いた喉を容赦なく上から押さえつけた。 「二度と、ふざけた勧誘してくんな。馬鹿っ」 低く脅し、立ち去る。後ろは振り返らなかった。 ゴフッという、絶命寸前のような声は聞こえたけれど。 振り返らなかった。 「……ふぅ……」 昇降口まで一気に駈け、天城が追いかけてきていないことを確認し、小さく安堵の溜め息をついた。 天城のヤツ、本気でウザい。 何が、学園祭の芝居だ。しかも、姫役? そんなん、引き受けるわけないだろ。馬鹿か。 アイツ、あのまま再起不能にならないかな。ウザいから。 俺はな、平穏に日々を過ごしたいんだよ。学校生活は、平穏に限る。 ただ、このまま静かに過ごして卒業を迎えたい。 俺の望みは、それだけなんだ。
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