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――放課後。
「おぉーい、ナルぅ!」
「……」
「待ってくれよう。ナルさーん!」
ああぁ、鬱陶しい! いつまで纏わりつくつもりだ。
聞き慣れた声が響く渡り廊下で、ダンッと片足を踏み鳴らした。
が、そのまま立ち止まっては追いつかれてしまう。
やかましい喚き声との距離を保つべく、再び足を進めた。
「なぁ、無視すんなよー。ナールっ」
しかし、敵もさるもの。一気にダッシュしたのだろう。
背後から伸びてきた手に二の腕を掴まれ、仕方なく足を止めることになった。
「なぁ。俺の話、聞いてくれってぇ。ナルぅ」
だ、か、ら! 甘え声やめろ。連呼すんな。
「おい、天城。何度も言ってることだが、俺はナルじゃない。よって、お前の話を聞く義理は欠片もない。じゃあな」
強引に引き留めたわりには、どこか遠慮気味な感触の相手の手をさっと振り払い、睨みつけて、また歩き出す。
「ちょっ、待てって。お前が一番適任なんだってば! だから頼むよ」
再度伸びてきた手に今度は肩を掴まれ、その懇願の言葉に、ぴたりと足が止まった。
適任、と言ったか?
「ふざけるなっ!」
「えー? だって、お前。クラスの女子の誰よりも色、白いじゃん。肌だって、一番しっとり綺麗じゃん。色気だって抜群じゃーん」
「……っ」
何だ、コイツ。男の俺に、それが褒め言葉になるとでも?
「だからさ。学園祭の芝居の姫役、引き受けてよ。俺の恋人役だよ?」
「ざけんな、一度断ったろっ」
「うわっ!」
――ドサッ
肩から顎へと伸びてきた手を素早く反らし、その流れで投げ落とした。
仰向けに床に転がり、うっと呻いた喉を容赦なく上から押さえつけた。
「二度と、ふざけた勧誘してくんな。馬鹿っ」
低く脅し、立ち去る。後ろは振り返らなかった。
ゴフッという、絶命寸前のような声は聞こえたけれど。
振り返らなかった。
「……ふぅ……」
昇降口まで一気に駈け、天城が追いかけてきていないことを確認し、小さく安堵の溜め息をついた。
天城のヤツ、本気でウザい。
何が、学園祭の芝居だ。しかも、姫役? そんなん、引き受けるわけないだろ。馬鹿か。
アイツ、あのまま再起不能にならないかな。ウザいから。
俺はな、平穏に日々を過ごしたいんだよ。学校生活は、平穏に限る。
ただ、このまま静かに過ごして卒業を迎えたい。
俺の望みは、それだけなんだ。
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