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「ストーップ! 秋田くん! 顔っ。その顔、何? 何とかしてよ」
何とかって……。
『その顔、何』とか失礼だな。俺は、これが通常モードなんだが。
「天女が、そんなしかめっ面しちゃ駄目! この場面は、麗しく静かに微笑んでるだけでいいのよ」
「俺なりに天女としての振る舞いで演技してたつもりなんだけど」
「嘘よ! とんでもなく気持ち悪いモノでも見たような。『オェッ』って声が聞こえてきそうな、そんな表情だったわよ」
バレてたか。
「仕方ないじゃないか。至近距離で、この顔を見なきゃいけないんだぞ? 『麗しく静かに微笑む』なんて、絶対無理だ」
「えぇっ? 何ソレ、ひどっ! ナル、ひどっ!」
ビシッと、目の前の天城を指差して正直に答えれば。頬に両手を当てた天城が、ムンクの叫びのポーズで腰をくねらせた。ほーら、気持ち悪さ二倍だ。
「おかしいわねぇ。あなたたち、ビジュアルだけなら完璧なキャスティングのはずなんだけど……うーん、どうするかなぁ」
親指をこめかみに当てて唸った比奈瀬が、その場で何やらブツブツと呟き始めた。
よし、今のうちに新鮮な空気を吸おう。
「天城、離れろ」
稽古の間中、ずっと掴まれていた手首を叩き落とし、窓を開けた。
外の風を招き入れて、大きく深呼吸。それを何度も繰り返して、気分転換を図る。
そのついでに、校庭の向こう側に見える城趾公園の紅葉を見やった。
もうかなり、葉が落ちてきてる。
祥徳学園の学園祭は、例年なら11月に行われるんだが、今年は海外への修学旅行が渡航先の都合で秋になった為に、12月初旬に変更になった。
演劇発表の体育館は暖房つきだが、中庭に設置する模擬店は寒いかもしれない。
当日のことを思いながら、ひやりと冷たい秋風が、大銀杏から次々と葉を舞い散らしていくさまを目に映す。
紅葉だけでなく、黄葉も『もみじ』と読ませるとは、 日本語というものはなかなか風雅なものだが、地面に落ちた色は何だか物悲しい。
「あーあ。冬の始まりって物悲しいなぁ。なぁナル?」
「……お前。何、してる?」
「え? 城趾公園の紅葉をナルと惜しんでるんだけど?」
「俺の手に手を重ねてくるな。背中をくっつけるな。肩に顎を乗せるな。暑苦しい!」
「えー? どれかひとつは許してくれよぅ」
「アホかっ」
「うっ!」
馬鹿たれに肘鉄を食らわせ、やっと自由になれた。
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