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ーコンコン
『どうぞ~』
ノックをしたドアの向こうから締まりの無い声が聞こえた。
「失礼します。」
「お座り下さい。」
そう言って微笑んだ男性はビックリする程のイケメンだった。
体型は細身で清潔感のある細いストライプのYシャツに黒髪短髪。
これで眼鏡があれば完璧だったのに。と舌打ちしたい気持ちを抑え、口角を上げた。
「山下悠莉です。宜しくお願い致します。」
一礼をしてから用意されたパイプ椅子に座る。
「はいは~い。私は店長の相模と言います。宜しくお願いしますね。」
ニコッと微笑んだその顔は今まで出会ってきた男性の中で一番素敵だと思った。
ただ一つ気になるのは喋り方が軽過ぎることだ。
きっとこの人は口を開けると損をするタイプなんだろうな。そんなことを思っていると
「ところで山下さんは今年の4月に専門学校を卒業したんですね。働くのはウチが初めてなんですか?」
ーやっぱりきたか。
確かに私は今年の4月に調理師専門学校を卒業した。今年に入ってすぐ就職先が決まり、大学生活の最後は悠々自適に過ごす予定だった。
忘れもしない2月21日
朝の7時母親からの着信で目が覚めた。
「何?こんな朝早くから」
不機嫌そのもので電話に出る。
「あんたの就職先ってどこだっけ?」
「はぁ?何?
赤坂ロイヤルパークホテルのオートルモンドだよ。何回も教えたじゃん!」
母親は少し考えてから
「そこから何か連絡はきたの?」と言った。
何が言いたいのか全くわからない。
「内定の通知が来てからは何も連絡はないよ。」
その答えを聞いてまた何か考えているようだ。
「何て言ったらいいのかわからないけど、とりあえずテレビ見てみなさい」
何なんだよ!と怒り出したい気持ちもあったが、母の尋常では無い様子を察し布団から這いつくばるように出てテレビを点ける。
『赤坂ロイヤルパークホテルで食中毒!このあと社長の緊急記者会見』
「え?なにこれ?」
母親からの電話を一方的に切り、スマホの画面を震える指で操作した。
【赤坂ロイヤル 人事部】
通話にするも一向に繋がらない。
苦情の電話が殺到しているのだろう。
呆然とする私に内定取り消しの通知書が来たのは、それから10日後の3月3日だった。
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