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7月末。
徹夜明けの金曜日、午前10時23分。
駅から徒歩10分の場所にある出版社ビル。
…の、一階エントランスに立っている僕の体調はまさに
「あ、柳井くんおはよう!」
「あー橋本さん。おはよ~。」
「…やだちょっと大丈夫?顔色最悪だけど。」
そう、"最悪"。
この二文字に尽きるだろう。
職場へ向かうためエレベーターを待っていた所、同期の橋本さんに本気のトーンで心配された僕。
彼女の目に自分がどう映っているのかなんて、鏡を見なくても分かる。
〆切を終えた直後は大体いつも同じ顔してるからね。
「平気平気。今回も何とか入稿できたし、落とさなかっただけマシだから。」
「いやいやいや。」
やっと降りてきたエレベーターに乗り込みながら言葉を返すと、6階のボタンを押した橋本さんが首を大きく振る。
何か変なこと言ったかなと思いつつ僕は4階を押し、もう誰も乗ってこないのを確認して「閉」に指を伸ばした。
「原稿は無事かもしれないけど、柳井くんが平気じゃないでしょ?心配だよ。」
「あぁ…そうだね。でも仕方ないよ、僕の担当作家は"如月乙女"なんだもん。」
「はは…相変わらずなのね、乙女先生。」
相変わらずと言えば相変わらずだ。
大きな変化は一つあるけど、如月乙女大先生が超絶マイペースで、〆切破り常習犯であることに変わりはない。
お陰で担当編集の僕はこうして死にかけている訳です。
僕の朦朧とした記憶が正しければ確か昨夜で三徹目だ。もしかしたら四徹かもしれない。
ガンガンと大鐘を打ち鳴らすような酷い頭痛は市販の頭痛薬じゃもう収まらなくなった。
さっさと編集部で資料の整理だけ終わらせよう。せめて今日くらいは家に帰ってベッドで眠りたい…。
エレベーターが4階に止まる。僕は心配顔の橋本さんに別れを告げてからフロアに降りた。
「柳井くんっ、今度元気な時に美味しいもの食べに行こうね!」
明るい声に振り向くと、入社当時密かに男性社員の中で騒がれた天使の微笑みがそこにあった。
僕も笑顔を返し扉が閉まるまで見送り、僅かに軽くなった足取りで進み出す。
僕の仕事場はこの階の真ん中辺りに位置する『月刊HONEY編集部』である。
月刊HONEYは少女漫画誌であり、出版業界において最大手と名高いこの恵光(エコウ)出版の中でも、特に業績を上げている雑誌だ。
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