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そして更に言うならば、月刊HONEYの連載作家の頂点に立つのが僕が担当する如月乙女…
――本名、鳴丘麟太郎先生なのだ。
まだプロになって5年目の彼だが、その間に出した作品は全て何らかの形でメディア展開されている。
アニメ、ドラマ、映画、小説…何に手を出しても必ず成功を納めた。
ちょっと飛ばしすぎじゃないかと見ていて不安になるほど、乙女先生の人気は止まることを知らない。
彼は正真正銘うちの看板作家の一人。
もとい、決して手放すことのできない稼ぎ頭となっていた。
「…うわ、やば…。」
今一瞬寝てた。
廊下を歩きながら寝てた。
寝たというより意識が飛びかけたって感じだけど、明らかにヤバイ状態なのは確かだ。
先生のことなんて考えてるからだ。
せっかく今月の修羅場を乗りきったんだから、今だけは先生のことも漫画のことも忘れていたい。
もう今の僕には余計なことを考えるエネルギーすら残ってないんだから…。
せめて自宅に帰るまでの燃料は使わずに取っておかなきゃ。
「燃料か…、何か飲もうかな。」
ふと思い付き、編集部の前を通り過ぎて廊下の奥にある自販機に向かった。
ズボンのポケットから財布を取り出し、小銭をコインの投入口に入れる。そして迷わずいつものコーヒーを選んだ。
うん、僕の燃料はやっぱりこれだね。
缶を傾けて緩やかに中身を喉に流し込むと、じんわりと体の内から温まっていくのを感じた。
体だけじゃなく心まで癒されるような感覚に浸り、近くの壁にもたれて目を閉じる。
こうしているだけでも少しは回復出来るだろう。
僕はもう若くない。
25…いや、27くらいまではまだ良かった。多少無理しても疲れを引き摺ることもなくピンピンしてたから。
でも、今年でついに三十路。
"お兄さん"ではなく"おじさん"と呼ばれても仕方ない年齢になってしまった…!
疲れは溜まりやすくなったし、そこから回復するスピードも衰えた。
本当なら徹夜なんてしたくないよ。無茶しても何とかなる時代はもう過ぎたんだからさ。
…でも仕方ない。
如月乙女という漫画家を支えられるのは僕しかいないし、彼を担当する限り苦労は避けられないのだ。
寝れなくても食べれなくても休めなくても耐えてみせる。
それが僕の宿命と信じて。
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