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「よう、龍一!久しぶりだな」
「ああ」
俺は、小学校からの馴染みである彰久と駅前の居酒屋の前で落ち合った。彼は五分程遅れてやって来た。夜とは言え、まだまだ蒸し暑い季節だ。じわりとワイシャツに汗が染み込み、不快な気分になる。
俺たちは、お互い僅かだが仕事にも箔が付き出した頃だった。財布の中身を確認するなどというケチな事は考えず、「早く飲もうぜ」という風に素早く中へと入る。
こうして時々会っては仕事の愚痴を言い合ったり、独り身の寂しさを紛らわせているのだ。
生ビールを一杯ずつ頼んだ後は、ボトルの焼酎を一本空け、それを水割りにするというのが俺たちの恒例のスタイルだった。お互い飲み慣れているとは言え、三杯ほど飲み干した後は俺たちの顔はとっくに赤らんでいる。もともと気安い仲ではあるが、それ以上の本音を出し始めてしまう頃合いだった。
「……なぁ、もうあれから10年だな」
そんな折、ぽつりと彰久が口を開いた。
「あれから10年」――それ以上の言葉は聞かずとも分かってしまう。
「ああ、そうだな。思い出したくもない」
俺は、”それ”に関しての話題をこれ以上続けたくなかった。本当に思い出したくない事だからだ。出来る事ならば記憶から抹消したいとさえ思う。
だが、彼はそんな俺の気持ちなど無視して続けた。
「”白い館”、やっと取り壊されるらしいぞ。まぁ当然だろうが、全く買い手が付かなかったからな」
「え……?」
俺は、唐突な彰久の一言に大きく目を見開いてしまう。不動産会社に勤めている彼の言う事だ。その情報に間違いはないだろう。
「お、食いついて来たな」
彰久はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「そうか……」
――それがいいのかもしれない。
そう思うのだが、俺は一抹の寂しさを感じてしまう。「彼」との楽しく哀しい日々が、脳裏を過ぎっていった――――
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