嘘吐男子という人間

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そう言う尾上の顔は無表情にも見えたし、寂しそうにも見えた。 そして、微かな諦めも。多分、今までに何度も踏み込もうとして、拒絶されて来たのだろう。そんな気がする。 「怜の方から手を伸ばしてくれれば、届くような気がするんだ。でも、アイツは絶対にそれをしない」 「なぜかしら?」 「さぁ? でも多分、アイツ自身の大切な何かを守ろうとしてるんだと思う。そして、同時にそれは俺のためでもあるような気がする」 「なぜ、そう思うの?」 「アイツが、そういう人間だからだよ。怜は嘘ばっか吐くし、自分の本心を晒さない。でも、アイツが嘘を吐くのはいつだって誰かのためだ。それが、重要な事なら尚更な」 尾上の知る「双月 怜」と、わたしの調べた「双月 怜」には若干の違いがあるようだ。 それが、彼までの距離の近さに左右されるものなのかは、今はまだ分からない。 謎はまた深まった。 彼が他人と一線を引いている理由。 親友にすら助けを求められない理由。 彼は本当に、秘密の倉庫だわ。 彼の嘘を見抜いて、真実に辿り着ける力が手に入れば、きっとわたしは、わたしの知りたい真実に、少しだけ近づける気がした。 翌日。 朝からいつもより早くB組の教室に行くと、すでに双月くんは来ていた。 「おはよう、双月くん」 「ああ、おはよう、園崎さん。今日はまたいつもに増して早いね」 「昨日の放課後は、約束をすっぽかされたから」 「その分、大輝から色々聞き出したんだろう?」 彼は、くつくつと楽しげに笑う。 「ええ。昨日は父親と楽しい食事会だったんでしょ?」 「……別に、行きたかった訳じゃないし、楽しくもなかったけどね」 「あら、珍しい。それは嘘じゃないみたいね」 そう言うと、彼は困ったように微笑んでみせた。 「前にも言ったけど、園崎は本当に俺を信用しないな。俺だって、嘘を吐く回数より本当の事を言う回数の方が多いよ?」 「でも、些細な事にも嘘を吐くのが貴方でしょう?」 「……そうだね。じゃあ、期待してくれてる園崎のためにも、今日も沢山嘘を吐く事にするよ」 別に、期待している訳ではないけれど。
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