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「うげぇ…。やっぱり魚を捌くのを見るのは気持ち悪ぃな」
「なによ、いつもこれを食べてるのよ」
「分かってるけどさぁ…あーもう見れねぇ」
魚の身体から内蔵を器用に取り出す小箱の白い指は真っ赤に染まり、思わず目を逸らした。あまりにもグロテスクなその映像は食べ物とは思えなかった。
「女の子は何で出来てるか知ってる?」
「いきなりなんだよ。…エロいエキスみたいなもの?」
「ばか、違うわよ『女の子は砂糖とスパイス、素敵な何かで出来てるの』有名な詩よ」
「詩なんて縁がないからなぁ。じゃあさ、男は何で出来てんの?」
「カエル、カタツムリ、子犬のしっぽ」
「なんだよそれ。ひでぇな」
「ね、そんなわけないよね。でも砂糖でもカエルでも出来ていない身体は何かで作られてるのよ。私たちは、こうやって毎日、毎日、生き物を殺して食べて暮らしてるの。野菜や植物も同じ、ジャンクフードもね?だから食べ物は大事になんて言わないけど、こうやって息を吸って吐いて身体が動くのもこの子たちのおかげ。この魚も自分の身体の一部になって、私の中で命を変えて生きるのよ。そう思うと自分が大事に思えるでしょ。私たちの身体は私だけのものじゃなくて、小さな命が絡み合って作られてる。あ、ねぇご飯のスイッチ入れて」
小箱はそう言うと、また魚の内蔵を取り出した。
小箱の言っていることは、分かるようで分からなくて、俺は両手を広げてその手を見た。命を変えて生きる。それはあまりにも日常で意識しない漠然としたものだった。ぼんやりと手を広げたり閉じたりしている俺を見て、小箱は笑うと俺を促すように「早く」とせっついた。カウンターに置いてある炊飯器を開けると、中はからっぽで米も何も入ってなかった。
「まだ米洗ってないのか?」
「えー?あっそうだ、お米なかったんだ」
「なんだよ、じゃあ買いに行ってくるよ」
「うん、お願い」
「…一緒に行こうよ」
キッチンだけではなく、小箱と一緒にいたかったし、小箱と一緒にいる自分が好きだった。
俺は小箱を食べたりしないが、確実に自分の一部になっていた。
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